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第13回『ARC>Tミーティング』

アートを通しての東北復興のための活動です。

こういう取り組みがあることを知って欲しく、
この取り組みの詳細を掲載させて頂きます。

第13回
「ARC>Tミーティング」

日時:7/11(月)19:00~
会場:せんだい演劇工房10-BOX

USTREAM中継します → http://www.ustream.tv/channel/arct2011

『Art Revival Connection TOHOKU』webサイト → http://arct.jp/


過去の開催分のアーカイブは以下のリンク先からどうぞ

■第1回(3/29(火)17:00~) →【その1】【その2
■第2回(3/31(木)18:00~) → 【その1
■第3回(4/4(月)18:00~) → 【その1】【その2
■第4回(4/11(月)19:00~) → 【その1】【その2
■第5回(4/18(月)19:00~) → 【その1】【その2
■第6回(4/23(土)16:00~) → 【会議】【懇親会
■第7回(4/25(月)19:00~) → 【その1
■第8回(5/9(月)19:00~) → 【その1】【その2】【その3】【その4
■第9回(5/19(木)19:00~) → 【その1】【その2
■第10回(6/9(木)19:00~) → 【その1】【その2】【その3
■第11回(6/20(月)19:00~) → 【その1】【その2
■第12回(6/27(月)19:00~) → 【その1】【その2】【その3
by syohousen | 2011-07-11 19:00 | 外部団体告知情報

このワクワクを、

今回、実際に北海道へ行ってみて、本当に得たものが多かった。

なんというか、ずっとワクワクが止まらなかった。

いつぶりだろうか、演劇を観に行くのでこんなにワクワクしたのは。


きっと、そういうのって大切なことなんだよなって思う。


このワクワクを、創り手としてもそうだし
指導者としても味わってもらえるためにはどうしたらいいのか、
今後の自分にとって重要なテーマになりそうだなと、
そんなことを今、ぼんやりと考えてます。
by syohousen | 2011-07-11 17:05 | つれづれと

これも演劇の力なのかもなぁ

今さっき、伊達を発ちました。


初めての土地だったのに、
時間にしても半日くらいしかいなかったのに、
なんだかずっと過ごしてきた街から出ていくようなこの感覚。

それってやっぱマームの創作の時
ずっと頭の中で思い描いていた景色に満ち溢れていた土地だったからなのかな。

もし、そうなんだとしたら、演劇の力って凄いな、ってほんと思う。


また来たいなぁ。
by syohousen | 2011-07-10 08:02 | つれづれと

青森

現在、青森にいます。


やっぱ違う。

一番違うなって感じるのが、音。

何ていうか、響きの奥行きが違うというか、
周囲ががちゃがちゃしてないからクリアに聴こえる気がする。

もしかすると、時間がゆったりに感じるのも
そういうところに起因しているのかなって思ったり。


あと1時間ほどしたらフェリーで函館まで行ってきます。

初めての北海道、ほんと楽しみ。
by syohousen | 2011-07-09 06:39 | つれづれと

今晩発ちます

自分はマームの北海道公演を観に行くため、今晩上野を出発します。

今回は高速バスとフェリーを乗り継いで行くんですが、
なんか、こういうのってほんと贅沢な時間ですよね。


自分の好きな人達が創っている作品を、
自分にとっては全くの未知の土地で触れられること。

特にそれが「空間」や「時間」といったものすら
作品の一部となり得る演劇作品だとするのならば、
その長い道中に触れるであろう全ての要素が
その作品に帰結してゆくんじゃないかなって思うんです。


願わくは、今後演劇の世界においてこういった贅沢が
もっともっと当たり前の感覚として
浸透していってくれたなら素敵だなぁって思ったり。


自分にとっては、

「演劇を体験すること=その土地の匂いや時間を味わうこと」

であって、だから遠方の作品を観に行くことって
全然不自然な事じゃないんですよね。

まあ、そもそもが自分も仙台で演劇をやろうとしているからこそ
そう考えられるのかもしれませんね。


や、でもまあ、気を付けて行ってきます。

そして思う存分楽しんでこようかなと。
by syohousen | 2011-07-08 08:44 | つれづれと

個の力、人の心、

ここ最近憤ってばっかりだし
自分一人の力ではどうにもならないくらいに
酷い世の中の現状に絶望も感じてるけれども、
でも、それでも俺は個の力を信じたいし、人の心も信じたい。

デモみたいな大きな取り組みも悪いことじゃないし、
むしろこれまでの日本人の性格からいっても
もっと自分達から主張してゆくことは大切なことだとも思う。


ただ、俺はそういう大きくて派手な道ではなく
個の力を出発点として、
一人ひとりの想いを丁寧に汲み取ってゆけるような道を探ってゆきたい。

そんな悠長なことを言ってられない時なのかもしれないけれども、
でも、根本から変えてゆこうとするには、
それくらいの手間がかかるんじゃないかなって思ったりもするんだ。


もちろんやれることはやりながらで、
必要とあらば署名だって協力するしデモにだって参加もする気はある。

ただ、それだけで終えてしまえば、
もし仮に今の流れが変わって世の中がいい方に流れていったとしても、
それはその時の流行というか、ノリでしかないんじゃないかって気がしていて、
だからこそ、そういう活動と同時に地道な努力が必要だと思うんです。


最初は、目に見える範囲のことでいいから
少しずつ、意識を変容させてゆけたらなと、
そしてそれが、大きな波の種になれたらなと、そう思います。


ちょうど今日は七夕ですね。

もう、今の願いといったらたったひとつで、
「みんなが笑顔で元気に生きてゆける世の中」です。

とにかく、それだけが切実に欲しい。
by syohousen | 2011-07-07 22:30 | つれづれと

いい加減にしてくれや、、、

もうそんなに健康に問題ないんなら福島で国会開けや。

言ってるのは自分達なんだからな、「心配はない」って。

それが本当ならばできるでしょ、それくらい。


できないなら避難させるとか何かしらの手を打てよ。


いつまで他人事決め込んでんだよ、いい加減にしろって本当に、、、
by syohousen | 2011-07-06 06:22 | つれづれと

7/1(金) 『ゼブラの会』レポ

7/1(金)13:30~21:30 ゼブラの会@ふりーふらっと野毛

【進行】
■自己紹介(名前とあだ名)
→あだ名を「本人→全員」で全員分声に出してみる×2周

■みんなで外へ出て、野毛公園を散策
→部屋へ帰ってくる

■遅刻の方のためにもう一度「本人→全員」であだ名を声に出してみる

■さっき散策してきた経験を元に短歌を一首詠んでみる
■2人1組となって「5→7→5→7→7」と句ごとに交互に詠んでみる
■今いる部屋の中で好きな場所を見つけ、そこへポストイットに初句を書いて貼る
→他の人の書いたポストイットの元へ移動し、そこのポストイットに書かれている句の続きの句を書いて、貼る
→全ての場所で結句まで書かれたならば終了
→各所で詠まれた短歌をひとつずつ確認に行ってみる

◆休憩

■ダンボールを使って「自分が座ってみたい椅子」を造る
■完成したら3グループに分かれ、自らの造った椅子についてのプレゼンをしてみる
■グループ毎に場所を決めて、その場所を活かした形での展示をしてみる
→展示を観てもらい、その展示について一言で表現してもらう
→その表現してもらった言葉をテーマに、1シーン創ってみて、発表

◆休憩

★ふりかえり

【ふりかえり】
2週間前に行った「プリンの会」に引き続いての開催で、今回はゼブラこといけだとも美さんがファシリーテーターとなっての進行内容でした。

やっぱり色んなやり方があるんだなぁとつくづく実感。
ただ、それだけに、一つひとつのプログラムのシステムがどんなに優れていようとも、結局重要になってくるのはファシリテーターの場の進め方になってくるのかなぁとも感じたのでした。
あと、そのプログラムの組み立て方や組み合わせ、順序によってもかなり参加者の得られるものというのは違ってくるもんだなと、そう思います。

今回の会、短歌にしても椅子造りにしても本当に楽しかったし、充実したとても有意義な時間を過ごせたなとは思うんです、それも心の底から。
が、やはり盛り沢山過ぎたのか、どちらも「もっとこんなことがやりたい!」という思いを抱いたまま終了してしまったなと、正直な話思いました。

たぶん「まだまだやり足りない!」と思えたままWSを終えることができるのは、決して悪いことではないとは思うんです。
ただ、同じ「やり足りない!」でも、やりっぱなしで終えてしまったために感じる「やり足りない!」と、「今日はここまで」というラインが進行側からはっきりと提示された上での「やり足りない!」では意味合いが変わってきてしまうのかなと、そんな気もしてます。

たぶん、やりながら予想以上に場が盛り上がってしまうことってあると思うんです。
やりたいこともどんどん膨らんでいってしまって、今のこのプログラムを継続・発展させようかそれとも無理にでもここで切って予めやることを決めていたプログラムへと移行させるべきか、迷うことって十分あり得ることだと思います。

思うのは、そういう時ってどっちを選んでもよくて、むしろ大事なのは「選ばなかった方の選択についてのフォローをどうするか」の方なんじゃないかなってことのような気がします。
特に盛り上がり始めてきたものの流れを断ち切る際には細心の注意を払わねばならなくて、どんな理由でもいいから「何故次のプログラムへ移るのか」についてを進行側の人間が明確に伝えておく必要があるのだろうなと思います。
でないと参加者には不完全燃焼感しか残らず、せっかくのいい空気が(むしろいい空気であればいい空気であるほど)進行への不満に繋がっていってしまいその後のプログラムへと臨んでいる際の発見を邪魔する心理的な障害に繋がっていってしまいます。

まあ、ここもやり方だと思うんです。

たぶん自分の場合はそうなったら、「実は次にやろうとしてるのが今日のメインなんだけど、今いい感じだからさ、このままいっちゃう?但しそうするとメインは端折るかできなくなっちゃうか、なんだけど」って敢えて聞いてしまうかもしれません。
そこでの意見次第で次のプログラムに移るんだったら少なくとも不満は緩和されるし、納得はしてくれると思うんです。
まあ逆に「このままいきたい!」ってなったのならばそのままやりつつその日のメインに想定していたもののどこを削るかを考えてゆくだろうなと。

やっぱりあのいい流れを断ってしまうことが一番怖いし、それまでの積み重ねはなかったことにはしたくないですからね。

あとはその日のメインに考えていたものと今盛り上がっているものをどうしたら繋げられるのか、って視点から考えてゆくのもありなのかなって思います。
こじ付けでもいいから今盛り上がっているものを導入にしてメインプログラムへと少しずつ移行させてゆくやり方ってことですね。
まあ、それはその場で、というよりも前段階での下準備の時に関連あるプログラムを組んでゆくかどうかが鍵になってくるような気もしますが。

でも例えば今回の場合でも、各場所に散らばっているポストイットに書かれた短歌を一人一首選んでもらってそこからイメージされる椅子をダンボールで造ってみる、とかにしてみてもよかったんじゃないかなって思うんです。
冷静に考えてみれば無茶振りもいいところだけれども、あの盛り上がった場の状態であればその無茶は無茶に感じはしなかったような気もします。


まあ、今だから自分も言えることなのかもしれないし、難しいことだとは思います。
しかしたぶん、ファシリテーターに要求される能力ってそういうことなのかなと、そんな風に思うんです。

自分も今回の会はいい勉強になりました。
次は9月になるそうですが、是非その際も参加させて頂きたいなと、思います。


今回も本当にありがとうございました!
by syohousen | 2011-07-05 15:31 | レポート(外部受講)

素敵なおじいちゃん

70歳越えてもタフマンのCMみたいな
お馬鹿に徹する事のできる伊東四朗さん、まじでかっこいい。

自分もかくありたいもんだなぁ。
by syohousen | 2011-07-04 22:03 | つれづれと

たとえその先には批難が待っててもさぁ、

先日の福島県内の検査の結果、
検査対象の子供全員の尿から放射性物質が検出されたそうですね。
http://www.news24.jp/articles/2011/06/30/07185529.html

これはつまり、既に内部被爆をしていることの証明でもあります。


特に子供は放射線の影響を受け易いのだから、
いち早く対策を講じるべきなはずです。

てか本来ならば既に動いてて然るべき状況のはず。


しかし政府の動きも大手メディアの報道も
相変わらず政局中心で動いている、、、

こんなにも重大なことを
まるで大したことのないように報じたり
「直ちに健康への影響はない」とか平気で言ったりできる
政府や大手メディアの人達は一体何なんでしょうか。

たしかに「直ちに」は影響はないかもしれないけれども、
それって将来的には影響が出ても
知りませんよってことでもあるんじゃないんですか?

まあ、そうですよね、
影響が出る頃には今のお偉いさんは表舞台からはいなくなっている訳だから、
直接責任を問われる心配もないってことですもんね。


本当に、許せない。



今の子供達に、そしてこれから生まれてくる人達に
将来胸を張って向き合えるだろうか、、、

どうしたらいいんだろう、本当に。


動くしかないよなぁ、どんな形でもいいから、、、



正直、次の世代の人達に恨まれても言い訳はできないよ。

たとえ自分が直接的に関わっていなかったとしてもさ、
何もできていないのは事実なんだから。

だから後世からの批難は全部引き受けるよ。


でもだからこそ、やれることやってかないと。

たとえその先に批難しか待っていなくとも、
人としてやらなきゃならないことってあると思うから。
by syohousen | 2011-07-03 21:55 | つれづれと