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「そっと見守る思いやり」もあるんだよ

思うんだけど、
「やらない善よりやる偽善」という言葉は
不当に偽善者呼ばわりされている人のための言葉であって、
やらない人を責めるための言葉ではないんじゃないか。


相田みつをさんの言葉にもある通り

「そっと見守る思いやり」

という考え方だってあるんだから、
あんまり圧力をかけるのはやめて欲しい。


今のこの状況下、自らの無力さに悔しさを覚えている人達は沢山いる。

それを忘れて独善的な正義感に駆られ
他者を責めるような言動を行ってしまうことには
自分自身も気を付けてゆきたいなと心より思う。
by syohousen | 2011-03-22 15:32 | つれづれと

悔しいこと続きだけれども、

震災以来、その影響もあって個人的にも周りのことでも
色々悔しいこと続きだけれども、だからこそぜってぇ負けねぇ。

たくましく生き抜いてやる。

人間の、そして東北人の力をなめんなや。
by syohousen | 2011-03-21 17:48 | つれづれと

演劇の可能性を信じます

今回の震災を経て、自分の中では
これまで以上に演劇の可能性を信じようという気持ちが強まりました。

なので声高に演劇の必要性を訴えたりとか、そんなことはしません。

ただただ自らの目に映る範囲の人達と向き合い、
自らの信じる演劇の可能性に殉じてゆこうと、そう思っております。

それが、自分にとっての演劇を介した社会への恩返しだからです。


思うに、そういった地道な取り組みの中で
演劇の持つエネルギーを受け取った人達が発信源となり
その人達の周囲へと受け取ったエネルギーが伝わって、
そこからそのまた周囲の人達へとエネルギーが伝わって、、、
というような拡がり方がもし生まれたのならば、
多少時間はかかるのかもしれないけれども
それこそ素敵な循環が生まれてゆくのではないか。

自分は、演劇には、そして人間には、それだけの力があるんだと信じております。


この信じる想い、抱き続けてゆくのは本当に大変なことだとは思いますが、
可能な限りの努力と行動で、とことん貫いてゆくつもりです。
by syohousen | 2011-03-20 14:46 | つれづれと

現地の人とのやり取りの中で、

今回の震災において、
現地の人とのやり取りや彼らのブログなどを読んで思ったこと。


被災地の状況は、そんなに悲劇的じゃないし、
だからと言ってそんなに格好よくもドラマチックでもないです。

だから現地の人々への同情を誘う伝え方はやめて欲しいし
美談に仕立て上げて感動を促すのも勘弁して欲しい。

伝える側の人間が勝手に自分達に都合のいい物語を捏造しないで下さい。

美談に仕立て上げるのは、
安全な場所にいる人間が被災者を媒介に喜んだり悲しんだりして
自分達が気持ちよくなるための自己満足でしかないと思います。


向こうの人達はただひたすらにたくましく生きてて、
でも悲しい現実や醜い現実も沢山見たり時には当事者になってしまってるんです。

とにかく必死なんです。

特に報道関係の人には、そこをぼかさないで欲しい。


でないと時間の経過と共に
今回のことは人々の記憶から消えていってしまいます。

美談としてのみ伝わった感動は、
結局のところその時の気分次第のインスタントな感動でしかないからです。


しかし忘れてしまうことだけは絶対にあってはならない。

なぜなら今回の経験を糧にすることは生き残った人間の義務なのだから。

同じ過ちは、決して繰り返してはならないのだから。
by syohousen | 2011-03-19 13:29 | つれづれと

自分が怖い時、

たぶん、自分が怖い時って
周りの人も怖いんじゃないかなって思う。

だから、自分が怖いなって思っている時は、
周りの人のこともよく見ようと思う。
by syohousen | 2011-03-18 22:19 | つれづれと

何ができるか、できないか、

現地にいない人間には現地の人達の気持ちは決して分かりはしないのだから、
「被災者に失礼だ」などと勝手な推測を以て現地の人の気持ちを代弁した気になり
他者の発言を執拗に責めるのは、やっぱり違うと思います。

や、もちろん発言する側にも節度は必要でしょうけど。

それよりも自分には何ができて、できないかの
リアルを優先した行動をとった方がいいと思います。

気分だけで人を責めたりするから、
その気分の中身を占める割合が不安に偏れば平気で買い占めに走っちゃう。


現在の姿勢を、例えば1年後も保ち続けていられるか、
そこが今の自分の中での行動基準です。

そうすることが、気分だけで行動しそうになった時の抑止力になるはずだから。
by syohousen | 2011-03-17 15:48 | つれづれと

個人的な思いを語らせて頂きます

本当に、心からのお願いです。

買い溜めはやめて下さい。特に燃料関係の。


仙台の友人から燃料も食料も全く足りてないことが
自分の元へも伝わってきていますし、
地区によってはこれから雪がしばらく続くところもあるそうです。

当の被災地がそんな状況なのに、
それよりも遥かに恵まれた環境下にいる関東圏の人間が行う行動によって
頑張って生き抜こうとしている人々の暖をとる機会すら奪ってしまうなんて
どう考えてもおかしいじゃないですか。


もう少し冷静になって下さい。

節電もそうですが、別に寒空に裸一貫で放り出されている訳でもない、
雨風凌げて暖房使えて食事もできる、
おまけにテレビもネットも見れるような環境下でのほんの少しの我慢じゃないですか。

それくらいはせめて協力して下さい。お願いします。
by syohousen | 2011-03-16 21:10 | つれづれと

今は、

今は大きな声なんかいらない。

愚直に真摯に、自分の今の立場と役割の中でやれることをやってくだけ。


然るべき時がきたらそっちに行くから、
それまでなんとか堪えてたくましく生き抜いていてね。約束だよ。
by syohousen | 2011-03-15 12:23 | つれづれと

昨日の記事の続き

昨日の記事に関連するけれども、
精神的な負担軽減にも節電にもなるし
報じる情報もドキュメンタリーでなく
これからに向けた情報が比較的多いので、
今はテレビでなくラジオをつけていた方がいいような気がします。

放送局によっては曲を定期的に挟んでくれるし。


まあ、あくまでも一つの考えとして、ですが。


でも、現地の人の声入りの津波の映像を
何度も何度も繰り返し流すことに一体何の意味があるっていうんでしょうか。

自分はさっきその映像が流れた時
吐き気と共に手が勝手に震え出して止まらなくなりました。

自分の大好きな人達が住んでいる大好きな場所が波に飲まれる光景、、、
それを一度だけならばまだ分からないでもないけれども
何度も何度もしつこく見せられなければならないのは何故なんでしょうか。

そんなことよりも、被災地の給水所や交通情報などを流したり
現在の山積している問題とどう向き合ってゆけばいいのかについて
視聴者へアドバイスをするとか、そういうこれからに向けた報道をして欲しい。


たぶんもう自分はテレビの報道番組を観ません。

というよりも、観たくありません。

観ていればそのうち心をやられてしまいます

今の報道姿勢を改めない限り、
自分のその気持ちはもうずっと変わらないと思います。
by syohousen | 2011-03-14 23:37 | つれづれと

テレビを消してみたら、

テレビを消してラジオに切り替えたら、精神的に凄く楽になった。

そんな状況に対して言いたいことは山ほどあるけど、
今はそんなネガティブな言葉で陰の気を振り蒔くことも不毛だなってことに、
これもテレビを消してみることで気付けた。

だから今は、何か大きなものに対しての反発で動くのではなく、
自分なりにできることをどんな小さなことからでもいいからやってゆきたい。
by syohousen | 2011-03-13 23:35 | つれづれと