人気ブログランキング |

2012年 08月 29日 ( 1 )

結局のところ、自分のためなのかも

演劇は、体験だから、
そして体験は、その人の人生の一部になることだから、
心してかからないと、とり返しのつかないことになってしまうと思う。

や、演劇に関わらず他の表現ジャンルでもきっとそうなのだろうけれども、
しかし、その中でも演劇は特に、触れた人の人生へと深く深く関わっていってしまう
可能性が非常に高い、そんな性質を持った媒体なのだろうなと思う。


どんな反応が返ってこようとも、それらを全て引き受ける覚悟はあるのか?

演劇という媒体の持つ力に対する畏れの心を忘れてはいないか?

常に問い続けてゆかねばならないことだと思う。


ただ、いくらこちらがそういったことを問い続けていたって、
結果を引き受ける覚悟を持っていたって、それでも傷付く人はいる。

そして傷付けた人に対して何もすることができないことだってある。

そこからとり返しのつかない事態に繋がってしまうことだってあるかもしれない。


だから、覚悟を持っているからいいって話でもないんだ。

畏れを抱いていればいいって話でもないんだ。

そんなものは、もしかしたら「自分も苦しいんだから許してね」なんていう
手前勝手な言い訳でしかないのかもしれないのだから。


でも、それでも、自分は演劇をやりたいし、作品を世に表し、触れてもらいたい。

だから結局、自分のため、なのかもしれない。

だったらせめて、「○○へ勇気を与えるために~」とか
そんな恥知らずな自己正当化の物言いだけはせずに、
堂々と自らの信じるものと創り出したものを世に表し続けてゆこうと思う。
by syohousen | 2012-08-29 13:18 | つれづれと