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2012年 06月 22日 ( 1 )

身体感覚についてを文面だけで語ることについて

なんだか、ネット上などでは身体感覚に関することを
「こうすればいい」みたいな形で平気で言葉にして
書いてしまっている人を結構見かけるのだけれども、
正直言って、そういうのを見る度にとても怖いなぁ、と思ってしまう、、、

ただでさえ面と向かって話していても伝わりにくいのが
身体感覚についての話なのに、文面だけで伝えられると
安易に思えてしまうことが非常に怖いなと思ってしまうのだ。


自分の場合、WSの際にはさらっと話してしまうけれども、
実際には物凄く神経使っていて、相手がピンときているのかどうかや
その自分が発した言葉によって相手がどのように変化したのかとか、
そういったことをかなりの集中力を要して観察しながら話すようにしている。

でないと、ひとつ間違えて変な伝わり方をしてしまい、
その人のその後の人生を大きく変えてしまうようなことだって
場合によっては起こりかねないと思っているからである。


少なくとも自分は、それくらい自らの行動への責任と
己の扱っているものへの畏怖を持って説明をするよう常に心がけている。

だから、安易な気持ちで、自らの身体感覚だけを基準に知ったかぶって
文字媒体の怖さも忘れて中途半端に語られることは非常に腹が立つのだ。


極力、相手の見えない中でのアドバイスは避けた方がいいと思う。

それでももし説明をしなければならない状況に遭遇したのならば、
相手が不特定多数なのか、限定されているのか、
また、どのような環境に身を置いているのか、
そしてどのような問題を抱えていて、どのような解決を望んでいるのか、
これまでにはどのような解決のための試みをしたのか、
せめてこの程度までは明確化させようとまずは試みてみてから
それに応じた説明を心がけるべきだと思う。

結局、身体に関するこというのはオーダーメイドであるからだ。


しかし、上に挙げた全てを明確にすることは
なかなかに難しいことでもあるし、
そんな考えを反映させてはもらえない中で
説明せねばならない状況もあるかもしれない。

ならばその場合は、その明確にできる範囲の段階に応じて
説明の仕方を変えてゆくしかないのではないかなと思う。


一番よくないのは、自分の感覚だけしか想定していないくせに、
それを人間全般に通じる普遍的なもののように語ってしまうこと。

もし自らの感覚のことを語るのだったら、
ちゃんと「これは自らの感覚だ」ということを表明してから語らねばならない。

特にネットのような不特定多数の目に触れる媒体では、
そこについてよくよく注意しておかないと、
場合によってはそれによって泣かされてしまう人も
出てきてしまうのだということを決して忘れてはいけない。
by syohousen | 2012-06-22 11:58 | 声・身体について