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2011年 07月 30日 ( 1 )

劣化版の東京はいらない

地域だったり集団だったりに入ってゆく際に自分が気を付けているのは、
その地域や集団にはちゃんと歴史があって、
それがあったから今の姿があるということを忘れちゃならないということ。

別に全てその慣習に従わなくちゃいけないって訳ではないのだけれども、
そこを無視して外側からの一方的な意見を以て変化を加えようとしても
それはなかなか定着してゆかないんじゃないかなって思うからです。


特に、自分が今いるところで叶わなそうなアイデアを
「ここだったら叶えられそうだな」と感じている時には
より慎重にならなければならないなって思います。

というのも、その「叶いそう」が集団の性質の違いによってのものだったら
それはアイデアの適材適所的な発想であるのでまだいいのですが、
「ここでなら叶いそう」が「他所では叶わない」からの逃げである場合には
それは結局、その集団や地域の特性ではなく
自らの都合が第一の基準になってしまっているからです。


たぶん、「地域発信」という発想の危ういところって
そこにあるんじゃないかなって気がするんです。

地域から発信してゆく発想は、
今後の日本のあらゆる分野で重要になってくる発想だとは思います。

しかしそれは中央の機能を
それぞれの地域の歴史を無視して分け与えることとは違うと思うのです。


劣化版の東京を何個も作ったところでそんなものは何の意味も成さないです。

また、地方は中央でやれないことを試す実験の場でもありません。

都市部の人間は、そこのところをちゃんと心に留めておいた上で
「地域からの発信」を主張してゆく必要があるんじゃないかなと、
自らへの戒めも込めて、ここに記しておこうかなと思った次第です。
by syohousen | 2011-07-30 11:27 | つれづれと