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2011年 01月 21日 ( 1 )

1/19(水) 寺子屋レポ

1/19(水)18:30~21:30
『俳優って?を考え続けてゆくための寺子屋』
@井草地域区民センター向かいの公園→ジョナサン

【進行】
≪公園≫
■公園内にある物数え
■木を見て、どういう触り心地なのかを想像し言葉にして垂れ流してみる
→実際に触れてみて、先ほど言葉にしてみた感覚のイメージとの違いを味わってみる

≪ジョナサン≫
■この一週間のフィードバック
■同様のことを今度は嘘で

■チラシの写真で妄想
■隣に座っていた人のことを色々と妄想してみる
■フィードバック

■自己実況(聴こえてくる音に対して)
■フィードバック

■この日全体のフィードバック

【ふりかえり】
今回の寺子屋、自分の手違いで会場の鍵を借りることができず、元々予定していた会場で開催が不可能となってしまった。
そこで急遽、まず本来使用を予定していた会場の近くの公園で2つほどのエクササイズを行った後、さすがにこの季節に野外で何かを行うのは無理だと判断し、その後近くのジョナサンへ入ってその中で行えるエクササイズを行ってみることとした。


まず何よりも、こんな状況にしてしまったこと、それはどんな事情があれ完全に自分の責任であり、そこについては今後二度と繰り返すことのないよう気を付けねばならない。

それは大前提とした上で、、、

今回、最も反省すべき点だったことは、こういった思いもよらぬアクシデントに見舞われた時に、自分の発想が「このミスをどう取り繕うか」というベクトルに向いてしまったことだ。

何故その状況を「自らの指導者としての新たな可能性を見い出すためのチャレンジ」と捉え、攻めの姿勢で臨むことができなかったのか。
何故もう済んでしまった自らのミスを取り戻そうとしてしまい、目線を「これから」に向けようとできなかったのか。

せっかくこれまでの自分のやり方が全く通じない状況で指導に取り組むことができるチャンスだったのに、己の中の引き出しの中にしか意識を向けることができなかった。
それはたぶん、先が見えない空っぽな状態で目の前の現実と向き合うことのできるだけの自信が自分の中でまだ備わっていないのだということの表れなのだと思う。
だから自分のこれまでの引き出しの中にあるストックから「そこそこの成果」を望めそうなエクササイズばかりを引っ張り出してきて、その中でやり繰りしつつその場を凌ごうとしてしまったのだ。

これは本当にショックなことであった。
しかし、それが今の自分にとっての誤魔化しようのない事実であって、その現実全てを引き受けるしかない。
もちろんこのままでは終わるつもりはないし、これで己の力についてもよく見えてきた。
それだけに今回の寺子屋は、おそらく今後の自分にとって大きなターニングポイントとなる回となってくるんだろうと思うし、そうなるようにしてゆくつもりだ。
by syohousen | 2011-01-21 19:07 | レポート(主催)