2010年 08月 19日 ( 1 )

8/18(水) 寺子屋レポ

8/18(水)18:00~21:00
『俳優って?を考え続けてゆくための寺子屋』
@下馬地区会館・第ニ会議室

【進行】
■現在の身体状態を言葉にして垂れ流してみる
■仰向けになって膝を抱え、揺すったりしながら腰周りの緊張を緩めてゆく
→そこから自らの身体の現状を見つめつつ、身体の求めるままに伸ばしたり揺すったりして無理なくほぐしてゆく

■マッサージ(手、足、骨盤を揺するもの)

■肉体訓練(「丹田の感覚を掴むこと」と「強度のある声の獲得」のために有効な訓練を中心に行った)

◆休憩

■二人一組になり5分ほどの時間を設け、その時間内に一人が相手の中学校についての情報を聞けるだけ聞き出す
→聞き出した情報を元に、その相手の中学校がどんな学校であるかを説明してみる
→もう一度5分ほどの時間を設けるので、先に説明したことによって聞き足りないなと感じたことを聞き出してみる
→次も相手の中学校がどんな学校であるかを説明してもらうのだが、今度は聞き出した情報を元にしていれば多少話を捏造しても構わなくしてみる
→再び5分ほど時間を設けるので、今度は質問を受けていた側の人が、説明する側の人にその中学校の特徴を質問し、その質問に答えてゆく(この際、完全にその中学校の特徴は捏造されたものにして構わない)
→最後に、その中学校で起こった特徴的なエピソードを話してもらう(これはその学校で起こり得るだろうなという説得力さえ備えていれば完全に作り話で構わない)

■今日全体のフィードバック

【レポート】
俳優は、台本に書かれた情報を元に、役の周囲を取り巻く環境についてをイメージし、舞台上に場を作り出してゆく。
それは例えば家であったり、学校であったり、街であったりする訳だが、そのイメージを生み出すための材料としての情報というものは、大抵の場合、最低限の情報だけしか台本には書かれてはいなかったりする。

それだけに、書かれている情報を元にして、どこまで細かいところまで周囲の環境を設定できるかということは、俳優として非常に重要な作業である。
時には捏造もしてゆかねばならないし、しかもその捏造するものは元の情報と矛盾があってはいけない上に、共演者とも共有できるものでなければならなかったりもする。

今回最後に行ったエクササイズは、その「場のイメージ」を生み出してゆく過程を段階を踏んで体験してもらうためのものであった。

最初は自分の外部に明確なイメージが存在していて(創作の場合であれば作家のイメージ、今回のエクササイズの場合であれば「思い出」)、そこから情報を収集しつつ、まずは自分なりにイメージの土台を作り上げてゆく。
そしてそのイメージを自らの外部へと発信してゆく中で「自分の中にあるイメージと実際に現実に起こしてゆく中で見えてくるもののズレ」を修正してゆく作業を行い、その土台の強度を上げてゆく。
ある程度の強度が備わってきたところで、その土台の上にオリジナリティを加えてゆく作業に入り、それと同時に他者との情報交換も行ってゆく、、、

すると最終的には、最初の明確にあったイメージとは違う(しかし別物という訳でもない)、その座組だけにしか存在し得ない家なり学校なり街なりが生み出されてくる訳だ。


いい演劇作品というのは、この場のイメージの共有のされ方が非常に明確で、説得力を感じるものである。
時には匂いすら感じさせてくれるものさえある。

もはやそれは、「観る」ではなく「体験」というレベルの作品だと思う。
(これは個人的な好みの話になってしまうかもだけれども)そういう作品の方が、自分は記憶に残るような気がする。


是非、今回の体験したことを持ち帰って頂いて、自らの創作活動に応用していって頂けたならなと。
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by syohousen | 2010-08-19 15:43 | レポート(主催) | Comments(0)