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2006年 10月 12日 ( 1 )

「聞く」ということ

自分は音を耳だけでは聞いてません。身体全体で聞いています。
感覚的に言うと、音を“触る”という感じです。

音を触るとはどういうこっちゃ?とお思いになるかもしれません。
しかし自分としてはこれが一番しっくりくる表現なのです。
とはいえ自分の言葉でばかり綴っていても読んでいる方にはさっぱりですので、もう少し丁寧に分かり易く説明しようかと思います。

皆さんは、「あの人と話していると不思議と落ち着く」とか「あの人と話すとなんだか疲れる」といった経験はありませんか?もしくは芝居や音楽のライブを観終わった時無性に歌いたくなったり、逆に話すのも億劫なくらい喉がいがらっぽくなったりしませんか?
このような症状はなぜ起こるのか。それは、人間は音を聞く際「共振」しているからです。
のど声の人と話したり、またはそういう人の舞台を観たりしている時というのは、人はそれにつられて自然と喉へ意識がいってしまいます。人というのは話を聞こうとした時、基本的には相手と呼吸を合わせないと話の内容が耳に入ってこないからです。

「そういうもんかね」と思った方、ためしに人と話している時前触れもなく急に息を止めてみて下さい。相手もこっちが再び呼吸を始めるまで息を詰めているはずです。もしくは呼吸を止めないまでも身体が緊張状態になっているはず。仮にもし相手が無反応なら、それはあなたの話を聞いていない人です。今話していた内容を問いただしてみて下さい。きっと答えられないはず。

このように“呼吸”と“聞く”という行為は非常に密接な関係にあります。
そして呼吸が変われば肉体にも変化が表れます。
のど声の人と呼吸を合わせれば自分も喉が緊張しますし、解放された喉をもった人と呼吸を合わせれば自然と喉が解放されていきます。そう考えると、素晴らしい歌を聞いた後に自分も歌いたくなるのは当然の事だと言えるでしょう。

その「呼吸が合う」という現象を指して「共振」と自分は呼んでいます。

それでは、逆にその「共振」を意識する事で相手の肉体の状態を診断する事ができるのではないでしょうか。
疲れた呼吸、うきうきしている呼吸、焦っている呼吸、相手が今どのような呼吸なのかを自分の身体に置き換えるようにしながら呼吸を合わせてみるのです。きっと相手と同じような気持ちになってくる事と思います。それが最も分かり易い形で表れた例が「もらい泣き」だったり「つられ笑い」だったりする訳です。
ですから、耳のいい人間ほど他人の感情の変化に敏感です。

そこで冒頭に挙げた、音を“触る”という感覚に繋がります。音に敏感になると、声だけでなく音の響き方によって身体の部位がいちいち反応するようになってきます。
具体的な例を挙げるならば、ガラスを爪などで引っかいた音を聞いた時、自分の爪がむずむずしたりしないでしょうか?そのような反応がもっと何気ない音でも感じられるようになってくるのです。それはあたかも音に“触れて”いるような感覚なのです。

とまあ色々と書き立ててみましたが、このように人間は決して耳だけで音を聞いている訳ではありません。
これは聞いた話なのですが、難聴の方にノリのいい曲、いわゆる癒し系の曲、バラード系の曲を聞かせてみたところ、それぞれの曲で違った反応を見せたそうです。
これこそが音は身体で聞くものだという何よりの証拠ではないでしょうか?

「いい耳」とは何か、それは「懐の深い身体」であると自分は考えております。
by syohousen | 2006-10-12 20:40 | 俳優訓練について