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「わからない」

「わからない」ということは、果たして悪いことなのだろうか?

自分としては、「わからない」ことよりも「わからない」ことを
そのままにしていても恥じずにいられる感性を持ってしまうことの方こそ
問題のあることなのではないかという気がする。
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そもそも、「わからない」ということは、
「これから知ることのできる余白部分を有している」ことの表れでもある訳で、
それは非常に幸せなことなのではないかと自分は思っている。

というのも、「知る」や「気付き」などという体験は、
ある種の、しかも非常に質の高い快感を伴うためだからである。

しかし、その快感を得られる機会というのは、
自ら能動的に働き掛けてゆくからこそ得られるものであり、
受け身の姿勢でただ享受されることを期待しているだけでは決して得られない。

まずは、「わからない」ことを認めることから始めるべきなのではないだろうか。
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ソクラテスの「無知の知」という言葉は、生きる上で極めて重要な思想だと思う。

特にこういったネット全盛、情報過多の時代には。


数字はあくまでも数字であり、
言葉はあくまでも言葉でしかない。

「如何にしてその数字に到ったのか」
「如何にしてその言葉が発せられたのか」

ということへと想いを馳せられる血の通った感性こそが、
人生を豊かにしてゆくのではないか、そう思うのだ。
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この世に存在するあらゆる事象は、どんなに単純に見えることであっても
とことん突き詰めて考えてゆけば、結局のところは「わからない」ことだらけである。

そう考えてみれば、「わからない」ことを恥じる必要などは一切ないはず。

むしろ「わかった」気になっていることの方がおかしな話のような気がする。


「わからない」ことを素直に「わからない」と言える人。

そういう人こそが、そのペースには個人差こそあれ
一歩ずつ、そして確実に前進できる人なのだと思う。
by syohousen | 2009-04-06 20:39 | つれづれと
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