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【第5回】定期診断レポ

4/14(月)13:00~21:00 【第5回】声と身体の定期診断 @岩戸地域センター

やはり個別診断とはいえ、診ている人間が同一である以上、その日毎に多少共通のテーマのようなものが生じてしまうのだという事を感じました。
果たしてそれが受診者側にとって好結果を生む要素に繋がるのか、、、今後もこの診断を続けてゆくつもりなのであれば、決して目を逸らしてはならない事なのだろうと思います。

本日は、全体的に「声を発する動機付け」という部分が重要な要素となっていました。

「声を発する」という行為は、実は非常に大きなエネルギーを要する行為なはずなのに、これがお芝居の台詞などの与えられた言葉になると何故か簡単に声を乗せて発することができる人があまりにも多いような気がします。
一度考えてほしいのですが、その与えられた言葉というものも元々は他人の言葉であり、決して自分の身体から生み出されたものではない訳で、それはつまり、自分の身体と他者の言葉の間にはまず越えなければならない溝のようなものが存在しているはずなのです。
その溝をなかった事にしてあっさりと言葉を発してしまうから、観ている側に嘘っぽい印象や違和感を与えてしまうのだと思います。

以前のWSのレポートでも書いたとは思いますが、「愛してるぜ」とかいう言葉を日常的に言える人というのはそうそういないのではないかと思います。
それなのに、なぜ台詞になるとさらっと言えてしまうのか、、、自分は、そんな風に安易に嘘のつけてしまう役者さんを見るととても寂しく切ない気分になってしまいます。
何故なら、溝にはまっている事に本人だけが気付いていない、そんな状況に見えるからです。

では如何にしてその溝を飛び越えるのか、そのアプローチの方法は様々にあるかとは思いますが、やはり一番初めにに行なうべきは「言葉との距離感」を的確に掴む事だと思います。
距離感を掴んでいるからこそ、その距離を乗り越えるためにはどのくらいの準備を要するのかを測る事ができるのですから。
そしてその準備というものの最も重要な要素のひとつが、冒頭に挙げた「動機付けの具体化」という事になるのではないかと自分は考えています。

声を発するために声を出す人というのは、なかなかいないと思います。
大体の場合、声を発する時には発する必然性(例えば目的)のようなものがあるはずです。
そこが具体的だからこそ身体も声を発するための準備ができ、それによって嘘のない身体から嘘のない声が出てくるのです。

もし他者の言葉と自分の身体との間の溝の幅が大きいのなら、それ相応の準備が必要になってくる訳で、その距離に見合った強い身体、強い動機付けを用意しなければなりません。
そこを曖昧にしたまま言葉を発してしまうから、浅くて芯のない声になってしまうのです。

発声というものは、それそのものを目的にしてしまうと一気に嘘になってしまいます。
「何故自分は声を発するのか」という動機付けが伴って初めて意味のあるものになるのだという事を、決して忘れないで頂きたく思います。
by syohousen | 2008-04-15 09:21 | レポート(主催)
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