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過激さ、について

過激な発言って、していても聞いていても何となく気持ちがいいし
その時ぶち当たっている問題点や閉塞感を
打破してくれそうな気がしてくるので賞賛されることが多いけれども、
本当に必要な過激さを持った発言ってそんなにないような気がする。

何というか、その過激な発言を向けた先にだって
どんな問題があろうともそうなってしまった必然がある訳で、
そこへ目を向けずただただその問題点について好き勝手吠えていても
これからには全く繋がってこないと思うからだ。


その発言は何のために発せられているのか。

そこがすっぽり抜け落ちた過激な言葉達なんて
そんなのは単なる個人的な感情に任せた暴言でしかなくて、
そんな手前勝手な意見なんかに
物事を変容させられる力など存在し得ないと思う。

ただただ事態をややこしくして問題の本質を見えにくくするだけだ。


その問題に必然が存在している以上、
仮に発言が過激になるならばそこにも必然がなければ
不毛な争いを生む火種にしかならないはず。

きっと、事態を変えるということは、
もっと地道で手間のかかる作業なんじゃないか。

また、
「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の地なり。察せざるべからず」
という孫子の言葉にもある通り、
人と争うことや過激さというのはあくまでも問題解決のため
他に手がないから致し方なく行う最後の手段であるべきなんじゃないか。

そう思う。
by syohousen | 2011-01-08 11:59 | つれづれと
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