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12/1(水) 寺子屋レポ

12/1(水)18:00~21:00
『俳優って?を考え続けてゆくための寺子屋』
@岩戸地域センター・地下会議室

【進行】
■この一週間のフィードバック
■現在の身体状況を言葉にして垂れ流す×2周

■手足を軽く揺すってみる
→歩き出し、今身体の気になっている部位を擦ってゆく
→呼吸の度に「息を吐ききる」ということを意識してみる
→その呼吸を維持したままで、吐く息を「スー(s)」「ズー(z)」「ザー(a)」と変えてみる
→フィードバック
■二人一組でお互い向き合った状態になり、相手の手を掴んで引っ張り合ってみる(足の位置は固定で)
→足のスタンスをフリーにした状態で同様のことを行う
→フィードバック
■各種マッサージ(腰周りと脚を中心に)
→フィードバック

■歌の歌詞を一つ決めて、その歌詞から連想されるポーズをグループ毎に4つ決める
→その4つポーズに数字を割り振り、手拍子と共に指示された数字のポーズに最速で移動してみる

◆休憩

■休憩前に行ったポーズ変えのエクササイズをもう一度行う
→1のポーズから始めて2のポーズで終わるようなシーンを即興でやってみる
→同様のことを「2から3」「3から4」でも行ってみる
→今度は4つのポーズの構図(人の形や位置関係)を黒板へ4コマ風に番号順に書き出し、各コマに吹き出しをつけ台詞を書き込んでひとつのストーリーを作り出し、それを発表する


【ふりかえり】
今回はこれまでの寺子屋でやってきていることよりももう一歩踏み込んでみて、グループワークでの創作的な色の強いエクササイズを行ってみた。
本来、この寺子屋では基礎的な身体のメンテナンスや何気ない物事からの気付きを促すようなエクササイズを中心に行っているのだけれども、時にはこういう創作に必要な思考回路を刺激するようなことも大切なことだと思う。

また、場の空気に若干の「馴れ」の匂いが混じっているように感じたことも今回のような進行にした理由としては大きかったりする。
どうも一人ひとりの発想に「こういう方向性で発想していれば大丈夫」という“型”のようなものができてきているような気がしたのだ。

まあ、その型が「よりよい発見を生み出すための土台」として機能するのならば、型ができることは悪いことではないと思う。
が、それが「安心を作り出すための逃げ場」として利用されているのだとすれば、それは学びの場においては新たな発見を邪魔する障害にしかならない。

だから今回はエクササイズもそうだが、その他の点においても普段とは少々アプローチの仕方を変えてみた。
要は「いじわる」な指示の出し方をしてみたのだ。

自分は、正直に言うならば、いわゆる世間一般で言われているような「厳しいやり方」には苦手意識を持っている。
しかし、だからといって厳しさを備えていないとは思ってはいない。
むしろ演劇に対する意識の持ち方に対しては人一倍敏感で、自らに対しても他者に対してもかなりシビアに捉えている。
ならば何故苦手意識を持っているのかといえば、それをそのまま出してしまうことは自分の目指すやり方にはどうしてもそぐわないらしく、実際問題としてうまくいった試しがなかったからである。

しかし今回、あの馴れの空気を何とかしたいと色々考えているうちに実はその「厳しさ」とのうまい付き合い方が見えてきた。
どうも自分にとっては、ちょっとした「いじわる」なアプローチを場の進行の中に仕掛けとして盛り込むことが、参加者の中に生じる「馴れ」の部分を振り払うために有効な手段のようなのだ。
もう少し突っ込んで言うならば、自分の指導者としての発想の中に「毒」の要素がほんのちょっとでも加わってくれば、今よりも視野が拓けてくるのかもしれない、ということでもある。

現に今回の寺子屋では、この「いじわる」によって、無理なく厳しい指摘へと話を繋げることができ場に緊張感を取り戻すことができたし、それにより自分の指導者としての新たな一面を見出すこともできた。

但しそうはいってもその毒はあくまでも「ほんの少しだけ」に止めておかねば効果は半減してしまうようにも思う。
だから当面は、基本ベースはこれまで積み重ねてきたものを大切にしつつ必要とあらば「いじわる」を盛り込んでゆく感じでいこうかなと思っている。

まあ、それも完全な答えという訳ではないだろうし、今後もどんどん自らの指導力の向上に繋がるようなものは追い求め続けてゆきたい。
by syohousen | 2010-12-06 15:45 | レポート(主催)
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