共存は可能だと思うから、

今、先日の勉強会のレポートを書いているのだが、
それを書いててつくづく実感したことがある。

それは、どうも自分はまとめる立場にまわると、
喋り過ぎてしまう傾向があるなということ。


まあ、それが自分の呼吸でありリズムである以上、
それそのものが悪いことだとは思わない。

が、自分にはそういう傾向があるならあるで、
もう少しその傾向をうまく利用できんもんかなとも思ってしまう。


場がうまく回っているなと実感できている時には、
その自分の性質がよい方向に如何なく発揮されていて
発する言葉言葉がかなりの確立で的を射ていることが多い。

が、駄目だなと感じる場合には、
自分で言っている言葉を補足しようとして重ねた言葉が墓穴を掘って、
そこをまた補おうとして意味の付け足しを繰り返してしまうため、
話の内容がどんどんと本質から離れていってしまうのだ。


場が、言葉だけで満ちてしまっている時というのは、
大抵うまくいかない時のように感じる。

逆に、目の前の状況と言葉が相互でうまく補完し合えている時というのは、
何も考えなくとも自然と言葉が生まれてくるものだと思う。


言葉だけでも駄目だし、言葉を軽視し過ぎても駄目だ。

やはり、バランスなのだろうなと思う。

そして、そのバランスを保つことと、
自分の喋り過ぎてしまう性質は、
必ずしも相容れないものではなく、共存は可能だと思う。

だからこそ、もっと言葉としっかり向き合って生きてゆくようにしたい。
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by syohousen | 2010-08-17 22:55 | 指導について
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