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「夜の、、、」

『夜のお菓子』とは、鰻パイのキャッチフレーズとして有名である。

このフレーズは、元々は「家族が集まる大切な夕食時の団欒のひとときを、
この『鰻パイ』と共に送ってほしい」という願いを込めて
名付けられたキャッチフレーズであった。

しかし、自分の知る範囲では多くの人が全く違った解釈をしてしまい、
「大人向けのお菓子なのか?」「精がつくのか?」
「鰻の形状が、、、(飛躍しすぎました)」などと、どうしてもそっち方向の、
いわゆるイヤラシイ連想をしてしまっている気がする。


これは何故か?

これはひとえに“夜の”という言葉に起因しているのではないかと自分は見ている
(まあ、見ているもなにもそれ以外に考えようがないのだが)。

夜の地上波デジタル放送
夜の自動洗濯機
夜のホームラン王
夜のバームクーヘン
夜の訪問販売員

このように、たった2文字“夜の”という言葉が加わっただけで
何故にこうも怪しさが増してしまうのだろうか、、、

しかしおそらくは、こういう想像(妄想)力を喚起させる言葉を使いこなせることこそが、
作家の条件なのだろうなと思う(但し劇作家やシナリオライターは「3次元に起こす」という
作業が加わる以上、少し事情が変わってくるのだろうが)。


もう少しこの話を続けてみる。

さて、ここまで読んできた方、

「白濁色」

という言葉にどのような印象を受けるだろうか?

この言葉、単独で見てみれば別に変な印象は受けることもないはずなのだが、
ここまでの文章の流れが影響してしまったために
いかがわしい連想をしてしまった方も多いのではないかと思うがいかがだろう。


上の例は極端でしかもそれほど巧い例えになっていないので恐縮だが、
このように、言葉というものを“文脈”と絡めて使うことで
元々の言葉の意味とは全く違った印象を与えることもでき、
想像力喚起の度合いを増すことだって有り得るのである。

そこの使い分けができるかどうかが、
優れた作家とそうでない作家の差になってくるのではないだろうか。


考えれば考えるほど、言葉というものは面白く、決して飽きることはないなと思う。
by syohousen | 2009-06-20 06:52 | つれづれと
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