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いい悪いでなく、ただ眺めてみる

いい悪いでなく、ただ眺めてみる、現状を。

今の俺にとって大事なのは、そんなことなのかも。


まあ、いずれにせよ時間は限られてるし、
こうなることは前もってわかっていたことなんだから、
ここからどうするか、だわ。

ここを出発点に、確実に手を打ってく。


よし、がんばるぞー。
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by syohousen | 2012-10-31 23:26 | つれづれと | Comments(0)

自らと他者との違いを、

自分自身の、他者との違いを認められるかどうか、
それがひいては、他者と自分の違いを
受け容れられるかどうかに繋がってゆくんだと思う。

だって、自分が周りと同じでなければ不安、という思考は、
同じことを周りの人にも求めてしまうことと出どころは同じだからだ。

要はその同調圧力が己に向いているか他者に向いているかの違いなだけ。


やはりだからこそ、まずは自らを認めてあげることが大事なんだろうなって思う、よ。
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by syohousen | 2012-10-30 23:42 | つれづれと | Comments(0)

10/26(金) breakthroughワークショップ レポ

10/26(金)19:00~22:00
breakthroughワークショップ @仙台市中央市民センター会議室

★ファシリテーター:伊藤 拓

2回目の参加となる伊藤拓さんのWS。
今回は、前回のいい感じの集中具合とは違ってどうにも散漫な感じでの参加となってしまった。

体調的にも病み上がりで本調子ではなかったことも影響していたのだが、心も身体もどうにも思うように動いてくれず、なんとももどかしい気分で最後まで過ごしてしまった。
まあ、しかしただでは起きないのが自分のいいところであると自らでも思っていて、今回も、そんな思うように動いてくれない心身に対し決して無理することなく、むしろこういう状態だからこそ得られる発見というものはどんなものなのか、それを探ることに今のこの状態を利用してやろうと考えつつ、WSへと臨んでいったのだった。

結果、初めてのことへ臨む際にも、あまり気負いのようなものを抱くこともなく、この思うように行かない感じをも楽しめるような、そんな心地で一つひとつのエクササイズに臨めたように思う。
これは今になってみて思うことだが、いつも精一杯いこうとして肩に力の入りがちな自分にとって非常に大きな経験となれた気がする。
というのも、自らの「うまくいかなさ」を、自分から少し離したところへ置いて、一つひとつのうまくいったいかないという結果にいちいち惑わされることもなく、冷静に目の前の状況へ対応してゆくことが自分にもできるのだということがわかったからでもあるし、また、そういった向き合い方の中にも、発見や楽しみというものは存在するのだなということを感じることができたからだ。

もちろん今回みたいな心持ちをそのまま適応してしまうことは、あまりに頭の中が冷め過ぎているために一歩目の動き出しがどうしても重くなってしまったりと弊害も多く存在している訳だから、この経験を今後に活かしてゆくためには今回の状態のどこの部分がどういい影響をもたらしていたのかよくよく見極めてゆく必要があるのだとは思う。
現に、今回のWSの最後に「自分にとって一番大切なものを紹介する」というエクササイズに挑みたい人を拓さんが募った際にも、いつもの自分であったなら迷うことなく飛び込んでいったはずなのに、全く心身共に重くて名乗り出ることができなかった訳で、一長一短があるのだろう。
それだけに、今回のような状態と、普段の自分の状態、そして心身共に盛り上がっているような時の状態とで、それぞれでいい部分と悪い部分があるのだから、それらを一つひとつ洗い出してみることは今の自分にとってとても重要なことなのかもしれない。


面白いものだなぁと思う。
状態が悪かろうと、臨みようによっては多くの発見が得られる訳なのだから。
やはり、どんな状況であっても、前を見ようとする姿勢だけは崩さずにいった方が、成長してゆくのも早いのだろうなと、そんなことをつくづく実感した。

失敗からもちゃんと学びを得ることのできるWS。
やはりいい時間を過ごさせてくれるんだなと、改めての敬意と、感謝の気持ちを、抱かされた気がする。

本当に、ありがとうございました!
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by syohousen | 2012-10-29 23:34 | レポート(外部受講) | Comments(0)

10/26(金) 多夢多夢舎「美術のじかん」レポ

10/26(金) ARC>T出前部 「美術のじかん」 @多夢多夢舎中山工房

■ファシリテーター:千田みかさ

久々にみかささんがいる中での「美術のじかん」。
なんだかやっぱり空気感が違うのだなぁと、そんなことを感じさせられた1時間半でした。

何か特別なことをしている訳ではないのだけれども、不思議な安心感があの場には流れていて、みかささん不在の時にはよくも悪くもどこか浮ついていたのだなぁと実感させられたのです。
それほど、多夢多夢のみんなとみかささんの間には強い信頼関係が築かれているのだろうなと、そんなことを再確認させられました。

なんか、こういう関係性が築かれている場というものがあること自体が本当に素敵なことだし、それは地道な積み重ねによって培われたものであるのだということを考えれば、自分も大いに見習ってゆかねばなと、そんなことも思ったりした次第です、、、
おそらくは平坦な道ではなかったでしょうし、当人達とだけでなく、周囲の環境的な面からも色々と障壁等あったと思いますが、それらを一つひとつ乗り越えた上で今の形ができたのだということは、参加してみた実感としてひしひしと感じております。
それだけに、自分もここの場から多くを学んでゆきたいなと思いますし、逆にこの場へも何かしらのいい影響をもたらせるような存在となれたらなと思ってます。


さて、そんなことを感じながらの参加であった今回ですが、今や完全にパートナー扱いとなっているTさんと今回も二人三脚で絵を描いてゆきました。
そのTさん、自分が参加していなかった三週間の間に随分と腕を上げていたようで、度々驚かされました。
その中でも最も驚かされたのは、絵の具のチューブを差し出したところ、Tさんがその蓋を掴み、回し、開けたことです。
以前であれば筆を持つのでも億劫そうにしていたTさんが、自分からそこまで細かな作業を行おうとするようになったことは非常に嬉しい驚きでした。

やはり、その事柄の楽しみ方を覚えると人というのは素晴らしい早さで上達してゆくのだなと思い知らされました。
次はどこまで腕を上げているのか、楽しみで仕方ないと共に、こちらもうかうかしていられないなと気を引き締められた心持ちです。
お互いに成長し合えるような関係でこれからも関わり合ってゆきたいなと思っているので、自分もがんばらねばなぁと刺激を与えられた訳でとても感謝しております。

本当に、ありがとうございました!
またよろしくおねがいしますね!
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by syohousen | 2012-10-28 23:31 | レポート(スタッフ参加企画) | Comments(0)

10/25(木) 「せんだい若者サポートステーション」コミュニケーションWS レポ

10/25(木)14:00~16:00
ARC>T出前部「せんだい若者サポートステーション」コミュニケーションWS
@八本松市民センター

■ファシリテーター:横山 真

【進行】
■このWSについてのアナウンス

■わたし、あなた
→同様のことを「今日呼ばれたい名前」で
→同様のことをしりとりで
→同様のことを連想ゲームで

■輪になって、コンサート
→一人ずつ、中心に立ってもらって音の波を体験してもらう
→フィードバック

◆休憩

■テキスト(『空の耳』)を前情報なしに声に出して読んでもらう
→実際の設定を種明かししてみて、もう一度読んでみる
→フィードバック

■二人一組になり、テキスト(『ゴキブリ女』)の冒頭部分を読み合わせ
→ペアを変えて、もう一度読み合わせ
→フィードバック

■本日全体のフィードバック

◆横山へ質問タイム

【ふりかえり】
先月、非言語をテーマにして行った「せんだい若者サポートステーション」のメンバーを対象としたコミュニケーションWS。
今回は、前回とは全く打って変わってテキストを用い、「セリフを声に出して読む」という劇的体験を通じてのコミュニケーションに関わる新たな視座の発見を目指して行ってみました。

とはいえいきなりテキストを渡して読み始めてもらうというのは日頃からそういう行為に慣れている俳優であるならばともかく、そんな人前でものを声に出して読むなんてことは学生時代以来だという方の参加が多いこのWSでは、とてもハードルの高い行為であるのが正直なところであったと思います。

そこでアイスブレイクも兼ね、「言葉を発することとはどういうことか」ということと「声を発することの気持ちよさ」を再確認してもらえるようなエクササイズを用意してみました。
上記2点以外にも、単純に「ああ、間違ってもいいんだ」という空気感と個々のメンタリティを醸造する目的などもあったのだが、今回の参加者の皆さんは、非常に飲み込みの早い方々だったというか、人と関わることに心の根っこの部分では飢えていたのか他者のミスに対し非常に寛容であった方々なため、こちらからは対した気遣いをすることもなく、トライ&エラーを無理なく行える場が生まれていたように感じます。

こういう空気というか場をあのように自然に生み出すことができるというのは、そうそうできることではありませんし、今回の参加者の方々には、そこの部分について、どうか自信を持って頂けたらいいなと思っています。
何故なら、コミュニケーションというものは、自分一人だけでは決して行えないものであるし、だからこそ、ああいった他者を気遣う心持ちというのは非常に重要なものだからです。
自分しか見えなくなってしまい、己の心の器の中に他者の想いを容れられる余裕がなくなってしまえば、どんなに表面上の言葉の上では仲のよさげなやり取りをしていようが、独りよがりの想いのぶつけ合いにしかなりません。

まずは目の前の人をちゃんと見て、目の前の人の話をちゃんと聞く。
そこからなのだと思います。


それは今回のWSのハイライトである「書かれた台詞を声に出して読む」という行為においても非常な要素として反映されてきます。
一見、「台詞を読む」という行為であるわけだから、自分発信のように思い込みがちであるけれども、しかし、「言葉を発する」という行為に限らず、人間の行動というものは基本的に“リアクション”でしかなく、完全に自分発の行動というものは存在しません。
たとえ自分から何気なく思い付きで行った行動でさえ、外界からの何かしらの影響を受けて行動しているのです。

従って、「書かれた台詞を読む」という行為で最も重要なこととは、「外側から何を受けて、それにどう影響を受けたから、その言葉を発しようと思ったのか」ということが大切になってきます。
つまりは、「目の前の人をちゃんと見て、目の前の人の話をちゃんと聞く」というところから始めることがとても大切になってくるのです。
もし仮に発するのがそのシーンの一番初めの台詞であった場合でさえ、そのシチュエーションからのリアクションなのであって、「その状況をイメージし、それを受け取り感じたものから生まれた声」で返せばいいだけです。

驚いたのは、今回の参加メンバーの方々は、そこを本能的にわかっていたように見受けられたことです。
余計なことをせずに、目の前の人とのやり取りに集中していた。
それが、あのいい意味でちぐはぐな、不思議な魅力に満ちた4組の男女を生み出したのだと思います。


今回のWSは、自分達指導者側にとっても非常に学ぶことの多かったWSとなりました。
「人と関わりたい」という欲求が高い純度で形となっていて、俳優としての初心を思い起こさせてくれた心持ちとなったのです。
そういう意味では、お互いにとって得るものの多い素敵な時間となれたなと思っております。

本当に、ありがとうございました!
また機会があれば、是非ご一緒させて頂きたく思いますので、その時はどうぞよろしくお願い致します!
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by syohousen | 2012-10-27 23:18 | レポート(スタッフ参加企画) | Comments(0)

10/24(日) 【第5回】『土路生さんの戯曲を読む会』レポ

10/24(日)16:00~20:30
【第5回】『土路生さんの戯曲を読む会』
@落合第二地域センター・調理室

◆使用戯曲◆
●作:土路生真隆『tree songs』

【ふりかえり】
早5回目となる『土路生さんの戯曲を読む会』。
今回5回目にして、この会でなければやれないようなことができたのではないかと実感した。

というのも、今回の土路生さんの戯曲は物語性で描かれた作品というよりかは、言葉の繰り返しなどを多用してそこから生まれてくる音やリズムを感じてもらうアンサンブルを大切にした戯曲だったからだ。
これはもう、一人で書いて一人で読んでみて、、、という作業では無理だとは言わないが、なかなかに推敲の難しい戯曲であると思うので、それだけにこうして多くの人が集まって声に出して読んでもらう場というのは非常に役立つ場であったのではないかと思う。
やはり脳内でだけで音を再生するより実際に人の声で読まれたものを耳で聴くことの方が、発見も多いはずだからだ。

そうか、と思った。
こういう方向性の戯曲の時にこそ、このような場はより生きてくるのだろうなと。
それはつまり、こういう戯曲を描く劇作家にとっては、こういう場を得られるかどうかはかなり重要な問題になってくるのかもしれない。

またひとつ、この会の活かし方、必要としているであろう存在が確実に存在しているであろうことに気付けた気がする。
それによって、今後またこの会の可能性も拡がってゆくなと、そうも思う。
だからこそ、今後の身の振り方のようなものはしっかりと考えてゆかねばなと。

実はもう、そのために動き始めてはいて、近いうちにそのお知らせも行ってゆくつもりだ。
その際にはこちらのブログでもお知らせをするつもりなので、ご確認頂ければと。
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by syohousen | 2012-10-26 11:36 | レポート(勉強会) | Comments(0)

10/24(水) 多夢多夢舎「ダンスのじかん」レポ

10/24(水) ARC>T出前部 「ダンスのじかん」 @多夢多夢舎中山工房

■ファシリテーター:横山真

今回、みかささんが不在であったため、横山が『ダンスのじかん』のチーフを務めさせて頂きました。初チーフ。

ただ、これは横山にしては珍しいことなのですが、今回、初めてのことではあったにも関わらず、あまり不安感もなく(緊張はしましたが)、心身共に落ち着いた状態で臨むことができました。
これはやっぱり、多夢多夢舎のみんなとのこれまでの積み重ねの結果なんだろうなと思います。


自分一人で解決しようとしなくてもいい。
彼らもこの時間を楽しいものにしようと協力してくれるはず。
そんなことを素直に思わせてくれる関係性が、余計な気負いを取り除いてくれていた気がします。

なんというか、彼らには沢山のことを教えられております。

自分はこれまで、ファシリテートする際にはその全ての要素を支配しようとしているような傾向があったように思います。
や、自分としてはそんなつもりはなかったのですが、今思い返してみるとその傾向は顕著でした。

元々、目の前で起こったことをこじつけてでも自らの意図の上に乗っけることのできる腕力のようなものには非常に自信があったのです。
そのため、知らず知らずのうちに場を自らのペースに引き込んでしまい、参加者達がその場で出会うことで自然に生まれてくる時間の流れに身を委ねることを忘れてしまうことがしばしばあったように思うのです。
下手にやれてしまうが故の落とし穴、とでもいいましょうか。

が、この多夢多夢舎のみんなには、そういった屁理屈のようなものは全く通用しません。
そんな「ものは言いよう」的な御託に依存した支配力は無力化されてしまいます。
もっと本質的な、肚と肚で向き合うような関係性というか、飾りを除いていった部分で対峙してゆかねばすぐにそのメッキは剥がれてしまうことでしょう。

そうなってくると不思議なもので「自分一人で何とかしよう」などという意識は自然と薄れてゆくもので、「立場はどうあれ、まずは一人の人間として目の前の存在と向き合ってゆこう」という気に自分はなってゆきました。
支配する、とか、そんな発想が馬鹿らしくも思えてきて、むしろ彼らに敢えて振り回されてみるのも面白いかもな、と、そんなことすら思えるようになりました。


話は戻りますが、今回の『ダンスのじかん』では、その自らの思考回路の変化を改めて実感させてもらえたなと、そう思います。

今回チーフを務めるということもあって、いくつか新しい遊びを用意していたのですが、途中でそれらを全て手放してしまいました。
彼らが自分達のやりたいことを積極的に提案してくれていたからです。
なので、自分としては、そうやって自発的に動いてくれている彼らのこの気持ちを最大限活かし、更によき時間とするためにはどうしたらいいか、という方向へと考えをシフトさせたのでした。

こういう発想が自然と生まれてくるようになったのは、確実に彼らのお陰です。
彼らのお陰で、横山は指導者としての視野が拡がったのです。

本当に、ありがとうございます!


ただ、このまま与えられっぱなしで終えるつもりはありません。
なので、今回の実施後のふりかえり時に、これからに繋がるアイデアがいくつか浮かんできたので、それをどんどんと取り入れていけたらなと思ってもいます。

なんか、いいなと、思います。こういう循環って。

本当に、いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いしますね。
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by syohousen | 2012-10-25 12:42 | レポート(スタッフ参加企画) | Comments(0)

10/15(月) 文化庁派遣事業『言葉で遊ぼう』 レポ

10/15(月)9:40~11:40
ARC>T 文化庁芸術家派遣事業 「言葉で遊ぼう!」 @鹿野小学校

■ファシリテーター:横山 真
●使用テキスト:『八郎』

【進行】
★生徒達による「ソーラン節」の発表

■挨拶&自己紹介

■思いのままに空間を歩く
→すれ違う人と挨拶
→挨拶をひそひそ声で
→徐々に声のボリュームを大きくして最終的にはMAX(自分なり)に
→フラットの声量に戻し、今度はスローで挨拶
→フラットのスピードに戻し、今度は最速で挨拶
→フラットのスピードに戻し、今度は笑いながら挨拶
→フラットの状態に戻し、今度は泣きながら挨拶
→フラットの状態に戻る

■再び歩き出す
→すれ違う人と「名前言い合いいえーい!」

■二人一組になり、ローテーションゲーム
→移動しつつ行い、変化(カウントの難度やリズムの変化など)を探る
→お互いで「ここが気持ちいい」という場所・位置関係を決めてみる
→フィードバック(何名かに聞いてみる)
→フィードバックで出た意見と、さっきやってみての感覚を踏まえて、もう一度色々な位置関係による変化を探る
→フィードバック

◆休憩

■4グループに分かれ、テキストを使って3分以内の作品創作(20分)
→一次発表
→再び創作タイム(20分)
→最終発表

■本日全体のフィードバック

【ふりかえり】
自分にとって2度目の参加にして主指導者としては初の文化庁芸術家派遣事業。
また、小学生を対象としたWSを、しかも74名もの人数を相手に自分がメインの立場に立ってファシリテートするのも初めてのことでした。

そのため、始まるまでは非常におっかないというか緊張し通しだったのですが、鹿野小学校の皆さんのご配慮により、WS開催前の時間を使って現在練習中だという「ソーラン節」を披露して下さったのを見て非常に勇気付けられた心地になり、かなり心がほぐされました。

あれはあの時の自分にとって、本当に有り難かったです。
ありがとうございました。


さて、その後ARC>T側のメンバーの自己紹介が行われ、いよいよWS本編へと入っていった訳なのですが、やはり直前に生徒の皆さんは踊りを披露して下さり身体も温まっていたためか、予想を遥かに上回るようなノリのよさでとても驚かされました。

そこで当初計画していた進行は全て白紙に戻し、その場の、その瞬間の状況に応じた進行へと頭を切り替えファシリテートを行ってゆくこととしました。
この熱は、下手に余計な手を加えるよりも、この熱をうまく利用してそのままグループワークの創作へと向けた方が賢明だなと考えたためです。

その判断は、おそらく間違ってはいなかったと思います。
が、アイスブレイクとテキストを使った創作とを繋げる作業を行うには、あのやり方では小学生にとっては難易度が高かったのではないか、とも感じてしまいました。
いや、小学生、という括り以前に、今回向き合っていたのは俳優ではなかったのだから、自分のいつもの感覚で対峙してしまっては非常に危険だったのではないかと、そういうことです。

また、人数も人数なのだからどうしたって一つひとつの物事に対しての理解に個人差が出てしまうことは避けられないはずで、しかしそこへの認識が甘く、配慮が行き届いていなかったなと今ふりかえってみると思います。
補助者で参加して下さっていた白鳥さんの指摘にもあったのですけれども、目標とするものは繊細なものを求めていたのに、実際に行われていたことはだいぶ雑なものとなっていたのが、勿体無かったなと。

思い返してみると、アイスブレイクの際に、ランダムに歩かせたり自由に動き回って色々と探ってもらったりするような意識の拡散系のエクササイズが多かったためか、開放されっぱなしな感じになってしまったのがファシリテートする上での今回の一番の反省点であったなと、そう思います。
もう少し、開放された意識を周りの人達と共にぐっと一点に集中させられるようなエクササイズも途中で混ぜてみることで、意識の持ち方にメリハリをつけるべきであったはずなのです。
あういう開放されっぱなしの状態が悪いことばかりではないのは分かるのだけれども、しかし、場合によってはただ楽しいだけで終わってしまう危険も孕んでいるし、また、人との関わり方が大雑把になってしまいがちなので、今回のWSでの経験から得られる気付きも、大味なものとなってしまいがちになる可能性が高かったりする訳です。

それはとても勿体無いことだし、だからこそ、もう少し進行に工夫が必要なのでしょうね。
この経験には、指導者としてとても学ばされた気がします。


また、もうひとつの反省点としては、補助者の方々との今回のWSを行うにあたっての方針の共有が甘かった点です。

それはたぶん、自分が明確にし切れていなかったことに問題があったと思っております。
補助者の方々へ完全に丸投げしてしまっていて―――それ自体は別に問題という訳ではなかったのですが―――しかし、丸投げをするならば丸投げをするなりに打つべき手というものがあるはずで、今回、自分はそれを探ることを怠ってしまったのです。

そこが大きな問題でした。
だから、グループワークに入って以降、補助者ごとに臨み方がだいぶ違ってしまっていたのだと思います。
しかもそれはネガティブな意味合いでの違いであったように感じました。

丸投げをすることが、補助者の持ち味を引き出すことにも繋がってゆかねば、最終的には生徒の可能性を引き出すことにも繋がってゆかないはずです。
「補助者の方達がそこにいる意味とは?」そこに必然性を見い出さなければ、単なるお手伝いさんになってしまいます。

今後はそこへの意識ももっと持って、うまく利用してやるくらいの気持ちで臨めるようにしたいなと。


まあ、反省点ばかりでもあれなのでよかった点についても触れてみると、相変わらず子供に懐かれ易いのは、手前味噌かもしれないけれども自分が今後子供と一緒にWSを行う際にはこれ以上ない武器であるとも言えるなと思いました。

や、これを利用しない手はないです。

但しこの性質をうまく乗りこなせないと、悪い方向へ作用した際には「舐められ易い」というネガティブなベクトルへ傾いてしまいもする諸刃の剣的な性質でもあるのだから、しっかりとこの性質と付き合ってゆくようにしたいなとは思います。


そんなこんなで、こちらにとってもポジティブネガティブ共に非常に多くの発見をもたらして下さったとても充実した時間ではあったのですが、生徒の皆さんの最後の発表と、それを終えた後の一人ひとりの表情をざっと眺めてみた時に、「ああ、この人達とたった2時間ではあるけれども一緒に過ごせてよかった」と素直に思えることができたため、このWS自体は決して駄目ではなかったなと、いや、とてもいい時間をこちらも、生徒も、過ごすことができたのではないかなと、そう確信しております。

また、実施後には給食も生徒達と一緒に食べさせて頂き、こちらが落ち着いて食べられなくなるくらい色々と楽しく話ができたことも、本当にこの生徒達と向き合えてよかったなと、あの時間は誇りであったなと、そんなことすら思えました。


彼ら彼女らが、今回の経験をこれからにどう活かしてゆくのだろうか。
この出会いが、彼ら彼女らの人生において素敵な循環を生むきっかけになれたらいいなと、切に願っております。


今回補助者として関わって下さった皆様方、ARC>Tのタムラさん、鹿野小学校の先生方、そして生徒のみんな、本当にありがとうございました!
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by syohousen | 2012-10-24 21:16 | レポート(スタッフ参加企画) | Comments(0)

自分以外の誰かのために、

自分以外の誰かのために感情が昂ったり落ち込んだりと
いちいちムキになるというのはとてもしんどいことなのだけれども、
しかし沢山のことを教えてもくれるのだなとつくづく思う。

時には自分一人ではどうにもならなくて
己の無力さに途方に暮れることもあるのだけれども、
それでも諦めずに向き合い続けることで、
自分一人では得られることのできなかった
かけがえのないものを得られることもある。

これは自分のことばかり考え、
自分のためにだけしか動けない人間には
一生縁のないものだと思う。


だから、いいんだと思う、ムキになって。誰かのために。

それはきっと、物凄く素敵なことなんだと思う。
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by syohousen | 2012-10-23 21:52 | つれづれと | Comments(0)

2012年9月のふりかえり

☆★☆2012年9月の横山の主な活動履歴★☆★

◆勉強会◆
[メンバー数]
・現在15名(先月より±0名)

★関連企画★
●ARC>T定例ミーティング第44回
・開催日時:9/26(水)19:00~
・会場:せんだい演劇工房10-BOX オープンオフィス
●ARC>T 文化庁芸術家派遣事業 「小さな演劇を作ろう」
・開催日:9/26(水)
・会場:葦口小学校
●ARC>T出前部 「ダンスのじかん」
・開催日:9/26(水)
・会場:多夢多夢舎中山工房
●ARC>T出前部 「美術のじかん」
・開催日:9/28(金)
・会場:多夢多夢舎中山工房
●AEC>T出前部 「せんだい若者サポートステーション」コミュニケーションWS
・開催日:9/27(木)
・会場:八本末市民センター

◆客演◆
TheatreGroup”OCT/PASS”vol.34 『方丈の海』
●日程:8/30(木)~9/3(月)、9/5(水)~8(土)※全9ステージ
●会場:せんだい演劇工房10-BOX box-1

【WS参加】
・breakthroughワークショップ @仙台市中央市民センター

【観劇】
・『ミチヅレ』 @せんだい演劇工房10-BOX box-1
・マームとジプシー『ワタシんち、通過。のち、ダイジェスト。』 @三鷹市芸術文化センター星のホール
・intro 『ことほぐ』 @こまばアゴラ劇場

【その他】
・『THE TOKYO ART BOOK FAIR 2012』(展示)

≪ふりかえり≫
今月は、先月末に幕を明けた『方丈の海』にはじまり、初めての小学生を対象としたWSや、これからに繋がってゆくであろう素敵な出会いなど、色々と盛り沢山の1ヶ月であった。


しかしまあ、何はともあれ『方丈の海』を無事に最後までやりきることができた、というのが最も大きな出来事であったなと思う。

そもそも本番を迎える前から、この公演が自らの演劇人生のターニングポイントとなるであろう予感がしていた。
そして実際に公演を終えてみて、なんというか、これだけの作品を、度重なるアクシデントも乗り越え最後までやり遂げることができたのだという事実が、これほどまでに自身の世界の見え方に変化を与えてくれるものだとは思いもしなかった。
一時は上演そのものが危ぶまれるような状況でありながら、その都度、生じた問題を一つひとつ地道に乗り越えて、ひとつの形に仕上げることができたのだから、その体験そのものが大きな財産でもあると思うし、作品なのかもしれないなと、そんなことすら思える公演だった。

もしあのような障壁が全くなく、すんなりと上演にこぎ着けることができたのだとしたら、果たしてあれほどまでの力を持った作品に仕上がっただろうか。
自らの中にこれほどまでの変化が訪れただろうか。

まあ、そんなことは結局のところわからないし、別に「そうでなかった可能性」と現状を比較することにそれほど重要性も感じないので、とりあえずはこの現状を受け止め、これからに繋げてゆけるような生き方をこれから強く意識してゆく必要があるなと、そう思っている。
きっとそれが、あの作品をああいった経緯で創作し、そして公演をああいった形で迎え、やりきった人間の責務なのだと思う。



さて、今月後半はそれとは打って変わって、ARC>Tの出前関連のWSを中心に行っていった日々だった。

ARC>Tでの初チーフも務め、小学生を対象としたWSにも携わり、これまでの自分にとっては未知の領域に飛び込む機会だらけの日々で、指導者として、自分がこれまで積み重ねてきたものの真価が問われていることをつくづく実感させられた日々でもあった。

結果、今の自分に足りないものをまざまざと痛感させられることとなった。
しかし同時に、自らの強みのようなものにも気付かされもした。

きっとこうして人間ってのは成長してゆくのだろうなと、そんな当たり前のことを改めて、肚の底から得心させてもらえた気がする。

だからこそ、これから、なんだろうなと、そんな風に思っている。

繋げてゆこう、しっかりと。
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by syohousen | 2012-10-22 21:00 | ふりかえり | Comments(0)