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『方丈の海』初日を開けて、

『方丈の海』は昨日、無事に初日の幕を開けることができました。

ラストのシーンにて、自分がこの仙台という地で
こうして再び舞台に立てていることに対し感極まってしまい
涙がこみ上げてきそうになった瞬間がありましたが、
しかし今の自分はそういう感傷に浸るために
舞台に立っている訳ではないのだということを思い出し、
ぐっとこらえて最後まで自らの役へ没頭することに集中しました。


ここまで本当に長かっただけに、色々と思うことは沢山あります。

が、それらをふり返るのは
今のこの初日が開けた段階で行うことではないと思います。

とにかく、それらの想いを全て作品へとぶつけてゆくことに、
今は集中してゆきたいなと、そんな心持ちで最後まで駆け抜けてゆきます。
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by syohousen | 2012-08-31 11:55 | つれづれと

『方丈の海』いよいよ初日となります

本日、いよいよ『方丈の海』の初日を迎えます。

自分の演劇人生は、この作品のためにあったんじゃないか、
そう思っても大袈裟ではないくらいに、自分にとっては大きな作品です。


この作品を上演するにあたり、思うことは沢山あります。

たぶん、ここに書ききれないくらいに多くの想いを今、抱えております。

しかしまあ、それを書くことはさほど重要なことではないと思っているので、
ここにそれを書いたりはしませんが。


とにかく、実際に訪れて、触れてもらいたいです。

それが、何よりも伝わることだとも思うので。


公演の情報は、こちらにてご確認頂けたらなと。

どうか、一人でも多くの方に、触れて頂けたらなと、思っております。
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by syohousen | 2012-08-30 02:44 | つれづれと

結局のところ、自分のためなのかも

演劇は、体験だから、
そして体験は、その人の人生の一部になることだから、
心してかからないと、とり返しのつかないことになってしまうと思う。

や、演劇に関わらず他の表現ジャンルでもきっとそうなのだろうけれども、
しかし、その中でも演劇は特に、触れた人の人生へと深く深く関わっていってしまう
可能性が非常に高い、そんな性質を持った媒体なのだろうなと思う。


どんな反応が返ってこようとも、それらを全て引き受ける覚悟はあるのか?

演劇という媒体の持つ力に対する畏れの心を忘れてはいないか?

常に問い続けてゆかねばならないことだと思う。


ただ、いくらこちらがそういったことを問い続けていたって、
結果を引き受ける覚悟を持っていたって、それでも傷付く人はいる。

そして傷付けた人に対して何もすることができないことだってある。

そこからとり返しのつかない事態に繋がってしまうことだってあるかもしれない。


だから、覚悟を持っているからいいって話でもないんだ。

畏れを抱いていればいいって話でもないんだ。

そんなものは、もしかしたら「自分も苦しいんだから許してね」なんていう
手前勝手な言い訳でしかないのかもしれないのだから。


でも、それでも、自分は演劇をやりたいし、作品を世に表し、触れてもらいたい。

だから結局、自分のため、なのかもしれない。

だったらせめて、「○○へ勇気を与えるために~」とか
そんな恥知らずな自己正当化の物言いだけはせずに、
堂々と自らの信じるものと創り出したものを世に表し続けてゆこうと思う。
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by syohousen | 2012-08-29 13:18 | つれづれと

過ちては改むるに憚ることなかれ

今回の現場に携わっていて、
自分が今までずっと目を逸らしてきていたものが
重くのしかかってきているのを痛感している。

これまではそれができなくともなんとかやってこれてしまった、
という周囲の環境に、甘えてきてしまったことの皺寄せが、
ここにきて押し寄せてきているのだと思う。


ただ救いなのは、この状況に対して自分は「悔しい」と思えていること。

なので、早速その目を逸らしてきていたものへと視線を向けて、
今のこの状態を脱することのできるような行動を採ってゆこうと思う。


「過ちを改めざるこれを過ちという」

と、論語にもあるように、
今の自分にこのままでは駄目だと思う部分があるのならば、
それを改めることに躊躇いなんか持つ必要はないのだから。
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by syohousen | 2012-08-28 14:56 | つれづれと

8/24(金) 多夢多夢舎「美術のじかん」レポ

8/24(金) ARC>T出前部 「美術のじかん」 @多夢多夢舎中山工房

■ファシリテーター:飯田智穂

今回の美術のじかん、みかささんが北九州の枝光の方へと行っていたため、飯田さんがリーダーになっての開催でした。

そんな中で今回自分は、以前に一度一緒に絵を描いたTさんのサポートへ。
前に一緒に描いた時にはかなり印象的な素晴らしい絵を描いていたため、今回もどのようなものを描くことになるのかなと、とても楽しみにしておりました。

驚いたのは、今回のTさんは前に一緒に描いた時よりも相当に気分が乗っていたこと。
筆を手渡した途端に、それをすぐさまパレットの元へと動かして(ちなみに絵の具の色もTさん自身で選びました)、紙がまだちゃんとセッティングし切れていない状況にも関わらずどんどんと筆をその紙の上へと走らせていったのです。
そのタッチも非常に力強く、前に一緒にやった時とはまた一味も二味も違った質感の重厚な絵が描き出されてゆきました。
また、途中でMさんが音楽をかけ始めてからは更にそのタッチに躍動感が増したので、自分も思わず「おー、ノリノリじゃないっすか!」と言ったら、無言で小さく頷いてくれたので(しかも僅かにですが微笑みも含めて)、なんだかとっても嬉しかったです。


そう、前に一緒に描いた時には、Tさんは声をかけてもなかなか明確なレスポンスが返ってこないために言葉を認識することもけっこうしんどい作業なのかな、と、こちらで勝手に思い込んでしまっていてあまり話しかけたりしていなかったのですが、この一連のやり取りの中で、実際にはそうではなかったのだなと、はっとさせられた思いです。
こちらの価値観だけをものさしにして、勝手に先回りをして相手に過剰な気遣いをしてしまうことの怖さを改めて思い知らされました。
もしかしたら、その半端な気遣いが、相手にとっては寂しい思いをさせてしまう要因に繋がってしまうかもしれないのですから。

もっと素直に相手とぶつかっていっていいんだろうなって気がします。
そこからじゃなきゃわからないことって沢山あるのだから。

大事なのは、一対一で目の前の人と向き合うことなんですよ。
ここで大事なのは、「自分の頭の中にいる相手」と向き合うんじゃなくて、「今まさに自らの目の前にいる存在」と向き合うことなんだと思います。

自らの中で勝手に作り出した「障碍者像」に目の前の人を当てはめて、「だからきっとこの人はこうだろう」などと実際に確認もせずに一方的に気を回して「やってやった」気になって満足してしまうこと。
こんなお互いにとって寂しいことってないと思います。

そしてそれは、こういった障碍者の方々だから、とかそういうことは関係ないと思ってます。
同時に、「障碍者」と安易に大枠で括ってしまうことの怖さでもあると思います。

もちろん、その言葉そのものがけしからんとか言うつもりはないです。
怖いのは、その括られた言葉を出発点にして捉えてしまうことによって、その中にある一人ひとりの小さな違いが疎かにされてしまうこと。

だからこそ、自分は常に「人」を出発点に物事を考えてゆきたいなと、そんなことを思いました。


と、いつものことながらだいぶ話が逸れました(苦笑)

Tさんの話に戻ると、上記のような反応がTさんから返ってきたことから、ああ、言葉でのやりとりも決して嫌じゃなかったんだなと気付けたため、それ以降は積極的に話しかけながら取り組んでゆくようにしました。
また、途中でTさんが筆を置いて遠くを見始めた際には、軽くTさんの手に触れてみたらぎゅっと握り返してくれたので、ああ、飽きたんじゃなかったんだなと、ただ疲れたから休んでただけなんだなとそこから得心できたりもしました。

たぶん、ひとつの形でのうまくいくいかないで相手を判断するのではなく、色んなアプローチを駆使しつつコミュニケーションを図ってゆくことが大切なのだろうなという気がします。
自らのものを総動員して相手と全力で向き合ってゆくことが大事なのだなぁと、そんな風に思うのです。

ただ、ここまで書いてまた改めて思ったのですが、これってやっぱ普通のことですよね。
そういう風に向き合ってゆくことが大事なのは、別に特別なことじゃないよなぁって。

なんだか今回は今まで以上に色んなことを考えさせてもらえた時間だったなと、そんな風に思いました。

本当に、今回もありがとうございました。
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by syohousen | 2012-08-27 14:19 | レポート(スタッフ参加企画)

いま、ここ、でいいんじゃないかなと、

やればやるほど、色んなことがわからなくなってきて怖くなる。

でも、それでも歩き続けなきゃならないことってあると思う。


正しさなんてどうでもいいよ。

ただただ、前へと踏み出すその一歩に、全身全霊を込めてゆきたい。

そして、その踏み出した一歩によって生じた結果を引き受けて、
そこからまた次の一歩を踏み出してゆく、、、その繰り返しで
自分は生きてゆくしかないんじゃないかと思っている。


誰かからの理解とかもどうでもいい。

自分自身に対する期待すらどうでもいい。

ただただ行動し、その結果を引き受けて次の行動を起こす。

それでいいんだよ。

何かを得ようとか、与えようとか、そんなことすらどうでもいい。


いま、ここ。
で、いいんじゃないかなと、そう思う。
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by syohousen | 2012-08-26 23:45 | つれづれと

小屋入り

方丈の海』、本日いよいよ小屋入りしました。


この作品は、自分自身はもちろん、
多くの人達の強い想いが込められたとてもとても大きな作品です。

これまでの経緯も考えると、
本当に、奇跡みたいなものの積み重ねによって
ようやくここまでやって来れたのだと、そうつくづく思います。


ただただ、殉じてゆこうと思ってます。
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by syohousen | 2012-08-25 23:58 | つれづれと

8/23(木) 寺子屋レポ

8/23(木)14:00~16:00
『俳優って?を考え続けてゆくための寺子屋』 @10-BOX box-3

【進行】
■このWSについてのアナウンス
■現在の身体状況を言葉にして垂れ流す×3

■手足を揺する
→続けながら歩き出す
→捻る、伸ばすなどのアプローチも加えてみる
→空間にあるものに触れてみる
→壁に身体の表面の全てを触れさせようと試みてみる
→触れる対象を壁から床へと徐々に移行させてゆく
→その動きの中から自らの身体の現状を探ってゆき、そのまま身体の求めるままに伸ばしたり揺すったりして無理なくほぐしてゆく
→最終的に立った状態になり、少しの時間、これまでの自らの動きの余韻や今の身体の状態を味わってみる
→フィードバック

■骨盤揺すり
→フィードバック
■寝にょろ
→フィードバック
■マッサージ(ふくらはぎ)
→フィードバック
→太腿から股関節の付け根辺りを重点的に揺する
→フィードバック
→肩周りから肘、手首も意識して丁寧に揺する
→フィードバック
■肩甲骨あけ
→フィードバック
■肩周辺をほぐす
→フィードバック
■胸から首周りにかけてを伸ばす
→フィードバック

■いざない
→フィードバック

■二人一組になり、あっちむいてほいを「フラット→最速→フラット→最遅→フラット」という流れで行う
→同じことを、掛け声なしで行う
■フィードバック

■今日全体のフィードバック

【ふりかえり】
ひとまずこれが今回の仙台滞在中最後の寺子屋となった。

やはり受ける人が変わると同じことをやっていても全く違った感じになるものだなということを強く実感した。
まあ、それも当然のことなのだが、だからこそこういうことって楽しいのだと思っている。

時折はっとするような言葉や発想や反応が返ってくる時もあり、それがこちらの視野を押し広げてくれたりもするので、むしろ自分の方が学ばせてもらっているように感じさせられる。
これは本当にとても有り難いことだなと、参加者の方へはいつも感謝の念で一杯になってくる。


ただ、この仙台での開催にあたり常に付き纏っていたのはやはり、参加者の数が思うように増えないがためにWSの進行にあたっての選択肢がかなり限られてしまっていたことに尽きると思う。
別に少人数でもやれることは沢山あるし、突き詰めていこうと思えばいくらでも深めてゆくことは可能なのだけれども、しかし、それだからといって参加者数が増えてこないことをそのまま放置しておいていい理由にはならない。
せっかく参加して下さっているのだから、多様な形でのエクササイズを味わってもらう機会を設けることも指導者側の責務であると思うので。

とはいえ、この参加人数については関東の時からずっと抱えている問題ではあって、今後の自らの活動を続けてゆくにあたってはここをまず梃入れしてゆかねばならない最重要な課題ではあると思う。
ただ、そうはいっても関東での参加者数の少なさと仙台での参加者数の少なさとではその原因がだいぶ違うため、一緒くたにして考えてしまうことは避けねばならない。

どちらかというと、仙台での参加者数の少なさの方は、このままこの活動を根気よく継続させてゆくことで解消してゆける問題ではあると思っていて(もちろん然るべき手は打つ必要はあると思うが)、そこまで心配はしていない。
関東の方も、ちょっとこれまでのようなやり方に手を加えていったところでもうこの問題は解消できるとは思っていないため、たぶん大幅にこの寺子屋のあり方というものを変えてゆくことになると思っている。
もう既にアイデア自体はあるので、あとはその実現のためにどう動いてゆくかを考え、さっそく実行してゆこうかと。


おそらく来月以降も月に1~2回程度は仙台で開催してゆくことになるかとは思っているし、来年になってしまえば完全に仙台へと居を移してしまうつもりなので、それ以降は毎週開催、という形にしてゆけることになると思う。

まあ、どのような形態になったとしても、自分としてはその時に行えるベストを尽くしてゆくだけだなと思っている。
参加して下さる方への感謝の心を、決して忘れずに。
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by syohousen | 2012-08-24 13:57 | レポート(主催)

8/22(水) 何応『ホロニズム』 稽古見学レポ

8/22(水)10:00~12:45 何応『ホロニズム』 稽古 @studio+1

来週初日を迎える予定の『方丈の海』にて横山と共演する高橋彩ちゃんが10月の公演にて演出を務める演劇集団「何応(なにおう)」の稽古へ見学へ行ってきました。
まあ、見学といっても完全に参加しちゃってましたが(笑)

どうやら今回の公演は、色々なWSエクササイズに手を加えたものへ役者の人達に挑んでもらい、その過程で役者一人ひとりの本質が垣間見えるような瞬間を捕まえ、組み合わせ、それらを一本の作品として成立するように構成してゆく、といった形態になるようです。
また、そこへお客さんもちょっとした形で楽しく関わってゆけるような仕掛けも用意してるとのこと。


なんというか、この形態、どちらかといえば構成劇というよりかは在京のインプロ(即興)劇団である「東京オレンジ」のやり方に近いんじゃないかなと、そんな気がしました。
まあ、東京オレンジの説明はここでは省かせて頂きますが(詳しく知りたい方はリンク先へ)、「シアタースポーツ」とも表現されるインプロの手法に限りなく近いやり方なので、インプロのことをよく調べてみるのはとてもプラスになるかもしれません。
とはいえインプロはまだ「演じる」という行為にかなり比重が置かれているけれども、今回の作品における役者のスタンスの取り方は「役者自身である」というところにかなり重きを置いているように感じられ、一概に同じだとは言えないのではありますが、、、しかし得るものは多いかとは思います。


また、参考までに

インプロ・ゲーム
TRAINER LABO

ふたつ目のサイトは、インプロの紹介だけにとどまってませんがお薦めなのであげておきます。


さて、そんなこんなで参加してみての感想を。

稽古をしていて、彩ちゃんはとても「演出」という役割といい距離感を持って向き合っているな、と感じました。
まず自らのやりたいこと、見たいものありきで、そこを出発点に稽古の進行を組み立てているので、俳優の立場としてはとても信の置けるスタンスの取り方だなと、そう思います。
が、その反面、見たいもの聞きたい言葉が明確過ぎるがための危うさも少々感じてしまいましたが、、、

まあ、ここら辺のバランスはとても難しいことだし、どんなに長く続けていてもどこかで引っ掛ってしまうような繊細な話でもあるので、今の段階ではそういうところに気を揉んでしまうことよりもとにかく自らの目指すところへと邁進してゆくことを重視してほしいなとは思ってます。

なお、このことについての具体的な話と今すぐに手を打てそうなことについてはこの場ではなく、直接会った際に話すつもりです。


や、でも、本当にいい感覚を持っている素敵な演出だなと、それは心から感じました。
あとはその理想を実現させるための腕力を身に付けることだなと、そう思います。

そのために自分が協力できることは可能な限りしてゆくつもりですので、じゃんじゃん利用していって下さりませ。
こちらもただ利用されるだけで終わったりは決してしないので、こっちだって今日もかなり盗ませてもらってますからね。一切遠慮は要りません。

そんなこんなで、お互いにいい刺激を与え合えてゆけたらなと、そう思ってます。

今回は、ありがとうございました!
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by syohousen | 2012-08-23 13:18 | レポート(その他)

人と人が繋がること、

人と人が繋がることに立ち会えることが、
どうも自分は心底好きらしいです。

なんというか、その出会いの中から生まれるであろう
化学変化のようなものを見たいからなんですよね。


昨日も、そんな変化を予感させるような出逢いがあったので、
これからその出逢いがどのような拡がりが生まれてくるのか、
今から本当に楽しみだったりします。

もっともっと、こういうことが増えていったら、
そして当たり前になっていけたら素敵だなと、そんな想いです。今。


それだけに、そんな機会を増やせるように
自分も色々と働き掛けてゆけたらなと、思ってます。
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by syohousen | 2012-08-22 19:22 | つれづれと