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なんか、ずるい気がする

なんというか、これはTwitterでよく見られる傾向だと思うのだけれども、
対象の目に入ることを知った上で敢えてその対象を明確に明かさずに、
思わせぶりな表現を用いて批判するのってどうなんだろうか、と正直感じてしまう。

それって匿名で批判しているのと同質の狡さを覚えるんだよなぁ。


そうすることによって解消されることって、なんなんでしょ?自分の気持ち?

うーん、なんか、変なの。
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by syohousen | 2012-04-30 22:19 | つれづれと

二子玉川 花みず木アート&マート

◆◇二子玉川 花みず木アート&マート◇◆

この度、第4回となるアート&マートを下記日程にて開催いたします。

本イベントは、世田谷および二子玉川地域の賑わいの創出に役立てつつ、
東日本大震災復興支援を目的として開催いたします。

【プレスリリース】(PDF) → http://dulc.jp/2012/04/press20120417.pdf
【チラシデータ】(PDF) → http://dulc.jp/2012/04/chirashi.pdf

(1)アーティスト・クリエイターによる、展示・パフォーマンス・ミニワークショップ。
(2)ふれあい広場では、バルーンアートワークショップ・フィールドワーク「写真しりとり」
   ブラスバンド演奏・ミュージックジョッキー・アートフリマ・バザー・大道芸 など
(3)大好評、ストリートやウインドウをキャンバスにする「らくがき消し隊」。
(4)【文化】俳句ブース、東日本大震災復興支援ストリートギャラリー 
(5)商店街各店での特別店頭販売など・焼き物・ビールの屋台コーナー。商店街複数個所でのフリーマーケットコーナー 他盛りだくさん。

日時:4月29日(日・昭和の日) 11:00~16:00

※搬入=9:50~10:50 搬出=16:00~17:00
※駐車場の用意はございません。近隣の駐車場をご利用下さい。(車での搬出は指定箇所で)

場所:二子玉川商店街・ふれあい広場 他

主催:二子玉川商店街振興会・玉川商店街振興組合
協力:特定非営利活動法人演劇百貨店、株式会社サンカクカンパニー、シナジーメディア株式会社、日本理化学工業株式会社、二子玉川小学校 他
後援:玉川町会、二子玉川振興対策協議会、二子玉川西地区まちづくり協議会、二子玉川百年懇話会、二子玉川新聞「フタコノオト」 他
企画:ギャラリー二子玉川/ダルクイラストレーション
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by syohousen | 2012-04-29 11:00 | 外部団体告知情報

便利なツールだからこそ、手間を

結局は、手間なんだろうなぁ。

手間を惜しむから、残念な結果を生むし、逆効果にしかならなかったりする。


そういう意味で、便利なツールっていうのは、
安易な気持ちで手を出さない方が身のためなんだろうなって思う。

その便利な中で、ちゃんと手間をかけないと、
それはやっぱり伝わってしまう、はず。

だって、楽してやれるもんなんだから、楽していることがバレバレな訳だから。


もうちょい考えた方がいいと思う。

便利なものほど、その扱い方とかはさ。

きっと、使う人の人間性とかがもろに出ちゃうからね。
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by syohousen | 2012-04-29 01:41 | つれづれと

「この世に客に来たと思えば」

気長く心穏やかにしてよろずに倹約を用い金を備うべし。

倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり、

この世に客に来たと思えば何の苦もなし、

朝夕の食事は、うまからずともほめて食うべし。

元来、客の身なれば好き嫌いは申されまい。    伊達政宗



「この世に客として来たと思えば何を不自由することがあろうか」

これ、本当にすごい言葉だと思う、、、

政宗公の生涯を鑑みてみれば、尚更にそう思う。


さすがは仙台の祖、、、

座右の銘としてぜひ傍らに置いておきたい言葉です。
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by syohousen | 2012-04-28 23:35 | ものの見方・捉え方について

長電話

昨日一昨日と、親しい友人数名から立て続けに電話がきて、
どの人とも結構な時間、話し込んでしまった。

なんというか、こうやって、たとえ次の日早かろうが
夜遅くまで長電話をしても全く煩わしく感じない、
むしろ物足りないよ!もっと話そうよ!とか思える人が
俺の周りには沢山いてくれて、本当にありがたいです。

大切にしてゆきたい、そういうの。
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by syohousen | 2012-04-27 12:43 | つれづれと

説明を、求める側にも礼は要る、はず

説明責任説明責任って、その言葉だけは盛んに飛び交うけれども、
じゃあ実際に、あなた方は何を説明して欲しいんですかと聞かれたら、
果たしてどれだけの人達がすっと答えられるんだろうか。


何を説明して欲しいのかが曖昧なのに、
「あなたには説明責任がある!」と言われても、
たぶん何を言っていいのやら分からないんじゃないでしょうか。

だって、何を説明して欲しいか分からない人に対しては、
いくら話し手が自分なりに必要だと思うことを説明しても、
きっとその話している内容について「説明」とは認識せず
「言い訳」とか「言い逃れ」とか、
そういう風にしか受け取ってくれない場合が大半だと思います。


何を聞きたいのかを明確にせずに、
相手に説明させようというのは後出しじゃんけんみたいなもので、
自分の都合のいいように聞こうと思えばいくらでも聞けるもんです。

でも、それって物凄くフェアじゃないし、何より失礼な話だと思います。

問いただす側には、問いただす側の礼儀があるはず。

それはどんな内容の質問であっても、
どんな立場同士であっても、決して欠かしてはならないものです。

でないと説明というもの自体が成立しなくなってしまう訳ですから。


だからもしかすると、そういう何が聞きたいのかを曖昧なままにしていながら
しかし「説明責任を!」とか執拗に求めている人達は、
説明を聞きたいんじゃなくてただ単純に叩きたいだけなんじゃないんですかね。


そして、この傾向は大手メディアの報道姿勢に顕著に表れているように感じます。

本来はこういうことのプロフェッショナルでなくてはならないはずの人達が
この体たらくでは、なんというか、もう、暗澹たる気持ちにはなりますわな、、、

てか、むしろそういう説明を引き出すのが、プロの報道マンなんじゃないのか。


まあ、どうにかがんばって欲しいと思う半面、
もうどうでもいいかなという気持ちもあるのが正直なところですわ、、、

もうさすがに疲れてしまったんで、、、

大手メディア関係者がプロとしての自覚や礼節等を取り戻す、
ということへの期待を抱くのも、もういい加減諦めようかなと、思ってます。
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by syohousen | 2012-04-26 11:36 | つれづれと

7年

本日4月25日で、福知山線脱線事故より7年になります。


このことについて殊更に騒ぐつもりはありません。

ただ、いつもに比べて少しだけ、
自分の中の祈りが具体的になるだけです。
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by syohousen | 2012-04-25 11:07 | つれづれと

色々あっていいはず

どうしてプレイヤー以外の人が下に見られてしまうんだろうか。

どうしてプレイヤーだった人が裏方に転向すると
「諦めた」みたいな感じに見られたりするんだろうか。

どうして東京からそれ以外の地域に拠点を移すと
「都落ち」みたいな見方をされなきゃならないんだろうか。

どうしてその道一本で取り組んでいない人の方が下に見られるんだろうか。


なんか、こういう諸々の「思い込み」からくる変に偏った価値観が、
結果的に演劇を「文化」として定着させにくくしているんじゃないのかって思う。


もちろん、他のことに一切目もくれず愚直に突き進んでゆくことの美しさは分かるし
そうでなければ辿り着くことのできない地点というのはあることも分かる。

けど、物事との関わり方っていうのはそれだけじゃないはずで、
他の全てを犠牲にして関わる姿勢だけが賞賛されているうちは
その業界の裾野は決して拡がってゆくことはないだろうし、
人々の生活の中に入り込むことはまず不可能なことだと思う。


別にいいじゃん、いろんな関わり方があったって。

ほんとに刹那的な享楽のためだけに演劇をやる人がいたっていいじゃない。

趣味として、手に職を持ちながら週1~2回ペースで稽古して
年に1~2回程度だけ発表会を地元の公民館やカフェで開く、でもいいじゃない。


自分は、そういう演劇との多様な関わり方を
担保できるような世の中の環境作りに
生涯を賭けて取り組んでゆきたいと思っている。

もちろん、自分個人としてはプレイヤーとして
より上を目指してゆくことは大前提としてあった上でだけれども。

まあたぶん、その両立は、、、
というか、そもそもそんな綺麗に切り分けられるものではないだろうし、
どちらが欠けても駄目なものなんだろうなとも思うから、
両立自体がきっとごく自然なことなんだろうけれども。

むしろどちらかに偏りだした時が、気をつけねばならない時だと思う。


きっとそれって大変なことだとは思う。

けど、嫌な大変さじゃないなとも思っているし、そんな感触も既にしている。

なのでまあ、しっかりじっくり、そしてたしかに一歩ずつ、歩んでいきたいなと。
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by syohousen | 2012-04-24 10:37 | つれづれと

いろんな道

いろんな道の歩み方がある。

だから、それが自分自身で選んだ道であるのならば、
誇りを持って胸を張って堂々と歩けばいい。


もしなかなかうまくいかなくて、
周囲からも認めてもらえない期間が続いたとしても、
信じているのならば突き進めばいいし、
それでもし間違いだと気付いたりしたのならば改めればいい。

もし間違っていないと思っているのにうまくいかないのであれば、
それは自らの実力不足のために成果をあげられない可能性が高く、
ならば努力を重ねそのやり方で成果をあげられる実力を身に付ければいい。


別に人の道と自分の道を比べて卑屈になったり自惚れたり、
そんなことする必要なんか全くないんだよ。

比較をする、という発想は、
結局のところは自分の道のことしか考えていない、ということであり、
同時に、自分の道のことを信じられていない、ということでもある。

つまりは、人の道を尊重するということは
自らの道も尊重するということに繋がってくるはずだ。


そう、そういう風に考えてみると、至ってシンプルな話なんだと思う。
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by syohousen | 2012-04-23 13:37 | つれづれと

便利、って

先日、大事なメールが迷惑メールに分類されていたことがあった。

迷惑メールを分類するためのフィルターとかあったって、
最終的には自分の目で確認しなきゃ万が一があるかもしれない。


なんだか、結局はそういうことなんだなぁって、思った。

便利って、何なんだろうか。

なんかもう、余計にめんどくさいわ。



不便が楽しい、ってこともある。

便利になってしまうことで寂しさを感じたりすることも結構ある。


まあ、とはいえ便利になったことで遠くに行くことも容易になったし、
時間だってうまく使えば過去に比べて遥かに有効利用できるようになった。

つまり、便利になったことよって世界は拡がったのも事実な訳だ。

それに、今更江戸時代のような生活に戻れる訳もないし、
戻ったところで何か事態が好転するともとてもじゃないが思えない。


結局、バランスなんだろうね。月並みな意見だけどさ。

かけるべき手間はちゃんとかける。
必要だったら素直に利用する。みたいな。

や、そんな難しいことじゃあないとは思うんだけどね。どうだろ。
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by syohousen | 2012-04-22 19:50 | つれづれと