<   2012年 03月 ( 31 )   > この月の画像一覧

明るくなった気がする

なんというか、、ちょっと最近実感としてあるんだけど、
ここ1ヶ月くらいで、つまり仙台へ来てから、だいぶ明るくなった気がする。

まあ、ここ2年くらいが落ち過ぎてたってのもあったんだけど。


でもたぶん、それは気のせいとかではないとも思っていて、
例えば、これまでは自分のためにやっていた諸々の活動を、
他の誰かのために向けてやれるようになったから、とか、
自分の目指しているものに向けた道筋が、
よりはっきりと見えてくるようになったり、とか、
そういうポジティブな要因がいくつも重なってきているからなのかもしれない。


まだまだ成果をあげたりとか、そういうことは一切できてはいないけれども、
今みたいなこういう開けた感覚を備えることができるようになれたのは
とてもいい傾向だし、それだけでも、こうして仙台へきた価値はあったと思う。


だからこそ、何としても今度ははっきりとした形での成果を生み出してゆかねば。

まだ自分は、何も成してはいないのだから、
少しばかり個人的に精神状態がよくなったからといって安心していては、
またそのうち時間が経てば元に戻ってしまうだろう。

とにかく、攻めの姿勢で、しかし気負い過ぎずに、がんばってゆけたらなと、そう思う。
[PR]
by syohousen | 2012-03-31 22:29 | つれづれと

フィギュア世界選手権を観ていて、

昨日行われていたフィギュア世界選手権を観ていて、
各国の代表選手の演技にはそれぞれの国の身体性がよく表れていて
色々と面白いものだなぁと、そんなことをぼんやりと考えてました。


特に、浅田選手のあの膨大なエネルギーを
余すことなく内側に封じ込めた上での“静けさ”は、
まさに日本人ならではの特性なのではないかと思います。

あの静から動へと移り変わる瞬間、、、
まあるく柔らかく包み込んでいた溢れんばかりのエネルギーを
あの跳躍の一瞬に凝縮させて開放する瞬間は、
観ていて思わずぞわっときてしまいました。

残念なことに昨日はその跳躍も着地ミスに終わってしまいましたが、
しかし、その凄味に関しては十二分に伝わってきました。


ああいったエネルギーの内包のさせ方は、
自分としてもとても学ぶべきところが多いなと、思っております。

やはり、一流のものに触れるための努力は怠ってはいけませんね。

こういうことに関しては、もっともっとがつがついかねばなとそんな気分です、今。
[PR]
by syohousen | 2012-03-30 11:03 | つれづれと

劇評によって、演劇の可能性って拡がるんじゃないか

昨日、今年2月に観た作品について
藤原ちからさんという方が劇評を書いていたものを読んだのですが、
驚くほどにあの時の興奮のようなものが蘇ってきて、
とても面白い体験ができた気がしています。

あの作品自体、自分はとても衝撃というか感銘を受けた作品だったので、
その衝撃の正体をこうして言葉によって解き明かしてゆく
その過程を見せて頂いたような気がして、
ああ、劇評ってやっぱり素晴らしいものだし、必要なものなのだなと強く実感しました。


劇評によって、演劇の可能性というのはもっと拡がってゆくのだと思います。

だからこそ、今回の自分のような体験を、
他の色んな人達にも味わってもらえるような働き掛けを、
自分からもしていけたらなと、そう思うようになりました。

きっと、そうすることによって
日本の演劇はまたひとつ上のステージにいけるのではないかと、
そんな予感がしているからです。


なんか、こうして色んな視点から演劇についてを考えたり、
演劇のこれからに対して思いを馳せるのって、楽しいですね。

だからやめられない、ってのもあるのかなぁなんて、ちょっと思ったりしてしまいました。
[PR]
by syohousen | 2012-03-29 12:36 | つれづれと

3/24(土) 自主稽古レポ

3/24(土)13:00~16:00 横山自主稽古 @瀧澤寺

【進行】
■今の身体状況を言葉にして垂れ流す×3
■この一週間で印象に残ったことをひとつ話す
→同じ話題で、今度は嘘で話す
→フィードバック

■手足を揺する
→続けながら歩き出す
→さする、伸ばすなどのアプローチも加えてみる
■まず指をランダムに動かし始め、徐々にその動かす範囲を広げてゆき、最終的には全身までそれを広げる
→フィードバック

■椅子を使って足裏へと刺激を与える
→片足終了時に一度フィードバック
→反対の足も同様に
→フィードバック
■首周りから肩周辺を重点的にほぐしてみる
■表情筋のトレーニング
■丹田の感覚を探る

■好きな場所、嫌いな場所のシェアリング
→空間の見え方などの変化についてフィードバック
■空間ガイド

■妄想エピソード(物)

■テキストへのアプローチについて色々探ってみる


【ふりかえり】
今回の自主稽古は、前半で自ら進んで全身を満遍なく動かしてゆくことで疲労を取り除いてゆくというアプローチでのケアを中心に行い、後半は創作の現場で役立ちそうなエクササイズを中心にして行ってみた。


前半に行った身体のケアは「積極的休養」の発想でのもので、前回に行ったようなマッサージ的なアプローチとはまた別方面からの身体への仕掛けである。

普段の日常生活を送っているとどうしても使う筋肉等が偏ってきてしまう。
そのために身体のバランスのようなものもどうしても崩れてしまう。
なのでそれを敢えて身体を積極的に満遍なく動かしてみることでそれまで凝り固まっていた部位などをほぐし、ある部分はガチガチにも関わらず他のある部分は全く使われていないために緩々、、というようなちぐはぐな状態になってしまっている自らの身体のバランスを整え、労わってあげようと、そういう訳である。

また、そういったケアだけでなく、全身を積極的に動かしてみることで普段あまり思いを馳せることのないような身体の部位にも意識を巡らせることが可能になるので、自らの身体の新たな可能性に気付くことができるかもしれないのも、今回行ったエクササイズ達の利点ではある。

おそらく、「なんだかよく分からないけどだるい」みたいな時には今回のようなアプローチを試みてみると効果的かもしれないので、お薦めしたいなと思う。


後半は、創作の現場で役立つようなエクササイズ、ということで、空間への仕掛け、もの(小道具など)への仕掛け、そして、台詞との距離感の持ち方、といったことを実践的に体験できるものをチョイスしてみた。

どれもそれほど難しいものではなく、ゲーム感覚で行えるものばかりである。

特に、「(役、空間、物、などのことを)他者との対話の中でイメージを伝えてゆく」という行為は、芝居の諸要素を立体的に考えてゆく上では非常に重要で、有効な手段である。
それに他者が介在するために独りよがりの偏った発想にも陥りにくく、ただただ台本と睨めっこして悶々とするよりも遥かに効率的且つ楽しく行えるものだと思う。

こちらも是非、実際の創作現場にて有効利用してもらえたらなと思っている。


「自主稽古」といいつつも今回、完全に横山主導のWSになってしまっていたような気がするのだが(苦笑)、まあ、自分も参加しつつ指示を出しつつで行っているため、多少は普段のWSとは違いがあるはずだと思う。
まだこのやり方に慣れていない、というよりも、どういう形式で行うことがよりよい成果を上げられるのかどうか、まだ探り探りの状態で行っているのが正直なところで、今後もそこのところはよく考えて取り組んでゆきたいなと、そう思っている。
[PR]
by syohousen | 2012-03-28 22:39 | レポート(その他)

出し惜しみする必要なんかないんだよ

繋がることで拡がってゆくのを見るのは本当に楽しいし、
それが大切なもの同士だったならば尚更に嬉しくもある。


出し惜しみする必要なんかないんだよ。

ただただその場その場で手持ちのカードは全て切ってしまうくらいでいい。


そしたら自分の手には、
新しいものを持てる余裕ができるんだから、
また新たなカードを探しにいきゃあいい。

だって、手持ちのカードがなくなったからといって
全てがゼロになった訳じゃないんだから。

その経験は、手持ちのカードの有無に関係なく残るんだから。


だったら失うことを恐れず、どんどんシェアしていけばいいんだよ。

そうすると、きっと、手持ちのものに固執しているうちは気付けないような、
手一杯に持ったカードなんかよりももっと大きくて、強力で、心強い味方が
自分の周りにはいてくれているんだってことに気付けてくるんだと思う、な。
[PR]
by syohousen | 2012-03-27 14:01 | つれづれと

なんだ、繋がれるんじゃん、って思ったこの週末

きっと、人と人が知り合うってだけで、
それぞれの住んでいる土地もお互いの意識の中で繋がってゆくのかなぁって思った。


自分の大切な人が、ある土地に移り住む。

そしたら、自分にとってもその土地が大切な場所になるんじゃないかなって。


てことは、沢山の人達が、沢山の場所で、沢山の大切な人と出会えれば、
もしかしたら世界は大きく変わってゆくことができるんじゃないか。


そんなことすら信じてみたくなる
色んな大切な人との出会いの連続の、週末でした。
[PR]
by syohousen | 2012-03-26 16:08 | つれづれと

大好きな人が多すぎて、

もう、なんというか、大好きな人が多すぎて、
本当に泣けてくるくらいに幸せな気分ですよ、今。

特に、仙台に来てからは尚更にそれを実感していて、
昨日も、好きで好きで仕方なくて言葉だけじゃ言い表せないくらいに
大好きな存在であるMちゃんに会えた時にも、
嬉しさのあまり少し涙が出てきてしまってました。


心の器って、中に自分自身の、自らへ向けた想いだけを
入れたりしてしまうとすぐに満たされてしまうけれども、
人へ向けた想いや人から受け取った想いとかならば、
いくらでも入れることができるのかもしれないなと、
なんか、根拠はないのだけれども、そんな気がしてきてるんですよね。


うん、また今日からもがんばりますわ。
[PR]
by syohousen | 2012-03-25 12:11 | つれづれと

一歩ずつ、

一気には状況は変えられない。

それはどこへ行っても同じことだよなぁ。


だからこそ、焦らず、地道にでいいから確実に一歩ずつ、前進してゆこう。

一度に二歩も三歩も歩いたりとかできないんだから、
一歩一歩を大切に、全力で、踏みしめてゆこうと思う。
[PR]
by syohousen | 2012-03-24 11:57 | つれづれと

ARC>Tへの初参加

昨晩、ARC>Tの『シンポジウムし対話』へと参加してきました。

や、とてもとても楽しい素敵な時間を過ごすことができたし、
こんなにも素敵な人達が、仙台の演劇界を支えてくれているんだと思うと、
これから仙台でやってゆこうという決断をした自分自身、
なんだかとても誇らしげな気持ちにさえなった。

本当に、この巡り合せに感謝感謝ですし、
それだけに、もっともっとがんばらなあかんなと、
そう、心の底から思っております。
[PR]
by syohousen | 2012-03-23 13:31 | つれづれと

偏りを恐れる必要はない

一方的な見方になってしまうのは
気を付けなければいけないことだけれども、
そこばっかりにとらわれてしまっては、
どこまでいっても当たり障りのない意見にしか
着地できなくなってしまう危険がある。


だからこそ、大事なのは、美意識というか、
信念のようなものを持つことなんだと思う。

そこがないと、ただバランスよく色んな見方からの意見を
まとめているだけになってしまって、
例えば議論の場においてもただ色んな意見を羅列するだけで何も決められず、
却って議論を引っ掻き回すだけの存在にもなりかねず、
結局あなたは何をしたいの?という状態に陥ってしまう。


バランスをとることは大事なことだけれども、
バランスをとろうとしすぎることによって事態が膠着してしまうこともあるのだ。

時に、矛盾を孕んでいなければ突破できないものも存在するのが現実だし、
偏っていなければ見付けることのできないものの見方というものもある。


また、例え間違っていると分かっていても突き進まねばならない状況というのもあり、
そんな圧倒的に不利な状況下で何を頼りに突き進めばいいのかといったらもう、
自らの信念だったり「必ず突破する」というような強い意思だったりする訳だ。

理ばかりにとらわれた腰の引けた状態で挑んでいては、
ただでさえうまくいきそうにない状況がより確実に駄目になってしまうし、
そんな状態で挑んでも、後には何も残らないだろうと思う。



考え方の多様性を認め、担保しようとするのはとても大切なことだ。

しかし、自分の考え方や美意識を明確に持ち、
そこへの誇りを持つことも同じように大切なことだ。

どちらも物事を考える際には欠けてはならないものだと思う。


別に偏ることを恐れる必要は全くない。

恐れるべきは、偏りを気にして何もかもを無難に済ませてしまうことだ。

それでは事態は何も変わりはしないのだから、、、
[PR]
by syohousen | 2012-03-22 17:50 | ものの見方・捉え方について