<   2011年 07月 ( 32 )   > この月の画像一覧

軸さえぶれなきゃ、

今日、演劇関連の新たなオファーがあった。

まあ、相変わらず俳優としてのものじゃないんだが。

でもそのお陰で、12月に予定している
ドラマリーディングの公演で使用する空間に馴染める機会を得られた。

まあ、それも全くの偶然だったんだけど、
こういうのはどんどん利用してゆきたいなと思う。


なんというか、周りから見ると自分の最近の行動は
迷走しているように見えるかもしれないけれども、
自分の中では一貫したものがあるのでまあ、
そこについての不安やら疑問やらはないですね。

こういう全ての演劇体験は
演劇をより深く知ってゆくための過程でしかないのだから、
自分の中の軸さえぶれなきゃ問題はないはずなんで。


や、もちろん日々の鍛錬は欠かさずに行った上での話ですよ。

あと、全てに全力で手を尽くして挑む姿勢も持った上で、です。
[PR]
by syohousen | 2011-07-31 12:45 | つれづれと | Comments(0)

劣化版の東京はいらない

地域だったり集団だったりに入ってゆく際に自分が気を付けているのは、
その地域や集団にはちゃんと歴史があって、
それがあったから今の姿があるということを忘れちゃならないということ。

別に全てその慣習に従わなくちゃいけないって訳ではないのだけれども、
そこを無視して外側からの一方的な意見を以て変化を加えようとしても
それはなかなか定着してゆかないんじゃないかなって思うからです。


特に、自分が今いるところで叶わなそうなアイデアを
「ここだったら叶えられそうだな」と感じている時には
より慎重にならなければならないなって思います。

というのも、その「叶いそう」が集団の性質の違いによってのものだったら
それはアイデアの適材適所的な発想であるのでまだいいのですが、
「ここでなら叶いそう」が「他所では叶わない」からの逃げである場合には
それは結局、その集団や地域の特性ではなく
自らの都合が第一の基準になってしまっているからです。


たぶん、「地域発信」という発想の危ういところって
そこにあるんじゃないかなって気がするんです。

地域から発信してゆく発想は、
今後の日本のあらゆる分野で重要になってくる発想だとは思います。

しかしそれは中央の機能を
それぞれの地域の歴史を無視して分け与えることとは違うと思うのです。


劣化版の東京を何個も作ったところでそんなものは何の意味も成さないです。

また、地方は中央でやれないことを試す実験の場でもありません。

都市部の人間は、そこのところをちゃんと心に留めておいた上で
「地域からの発信」を主張してゆく必要があるんじゃないかなと、
自らへの戒めも込めて、ここに記しておこうかなと思った次第です。
[PR]
by syohousen | 2011-07-30 11:27 | つれづれと | Comments(0)

「問い」を「問い」のままに、

時には「問い」を「問い」のままに向き合い続けてゆくことも
大切なことなんじゃないのかなって思う。


何でもかんでも答えを出せればいい、ではなく、
ただただひたすらに問い続けてゆく。

そこから何かを得ようとか、
そんなこともどうでもいいから問い続けてゆく。

そんな想いを抱きながら生きてゆくことって、
物凄く重要なことなんじゃないかな、特にものを創ろうって人間は。
[PR]
by syohousen | 2011-07-29 22:49 | ものの見方・捉え方について | Comments(0)

「だったら」

今、とある公演に制作として関わっているのだけれども、
なんか、こういう風に他者と一緒にものを創り上げてゆこうとする際には
「だったら」という発想が必要不可欠なんだろうなって感じてます。


基本的に、他者が関わることって
自分が想定した通りにはまず事は運んでゆかないものだと思うんですよ。

なのにそこで
「どうしてそうなっちゃうの」とか「それじゃ駄目だよ」とか、
そういう姿勢で取り組んでしまうのは
なんというか、集団である可能性を閉じていってしまうことに
繋がっていっちゃうんじゃないかなって気がするんです。


それよりも「だったらこうしよう」とか
「そうくるならこうだ」とかいったような
「攻めの姿勢での許容とそれに対する切り返し」で向き合っていった方が、
なんか、事態は面白くなってゆんじゃないかなって思います。


どんなに理不尽な要求や状況がこの身に訪れたとしても
「だったらこうしてやろう」というメンタリティで臨んでゆきたいなと。

たぶん、逆境を楽しむって
こういうことなんじゃないかなって、思うんです。や、わかんないけど。
[PR]
by syohousen | 2011-07-28 22:25 | ものの見方・捉え方について | Comments(0)

綺麗に分けられない

自分にとって、演劇って生活の一部なんだよなぁ。

だから切り替えるとかよく分からないし、
休みの時でも自然と演劇に関することばっか考えちゃうし
逆に稽古の時とかでも
バスケのこととか違うこと普通に考えたりもしちゃう。

なんか、綺麗に線引きして
「こっからが演劇で、こっからが趣味」とか
そういう風に考えられないんですよ。

いつも繋げて考えちゃう。


たぶん、どちらかといえば「濃い薄い」なのかも。

だから意識の中から演劇が消えることもないし、
演劇だけで満ちてしまうこともない。

それがいいのか悪いのか、よく分からないけど、
そういう性質だからこそできること、果たせることってあると思うんだ。

それを探っていきたいなと。
[PR]
by syohousen | 2011-07-27 13:17 | つれづれと | Comments(0)

「勝ち取る」意識も

お客さんの意識のままだったら
いつまで経ってもお客さんのままだろうし、
やっぱ、自分事としてちゃんと考えられるか、なんだろうなぁ。


今の自分は、「勝ち取る」意識が希薄過ぎる気がする。


無理なくもいいけど、能動的に動くこともしてゆかな。

でないと世界は拡がっていかないよ。
[PR]
by syohousen | 2011-07-26 14:38 | つれづれと | Comments(0)

一緒に、

「一緒にやりたい」と言ってくれる人がいる。その有り難さ。


ほんと、弱音吐いてる暇はねぇよな。
[PR]
by syohousen | 2011-07-25 20:54 | つれづれと | Comments(0)

約束

昨日、在仙の劇団OCT/PASSの方達と、ある約束をした。

それは、今後の自分にとってかなり大きな影響を及ぼすであろう約束。

でも、そんなことは覚悟の上での約束だし、何がなんでも、この約束は守るつもりです。



なんだかこっちが勇気もらっちゃったな。

本当に、ありがとうございます。
[PR]
by syohousen | 2011-07-24 11:09 | つれづれと | Comments(0)

やっぱ好きだわ

昨日の夜、仙台に帰ってきました。


実は3月のあの日以来で帰仙したのはこれが初めて。

こちらに着いた時の心境というか感覚は、
来る前の予想からしてみればかなり意外な感覚でもあり
しかしいざ実際に体感してみればこれ以上なく腑に落ちる感覚だったなと思う。

長い長い闘いになってゆくんだなってことを、身体で実感した。


肚を決めて、けれども気負い過ぎずに、根気よく向き合ってゆきたい。


やっぱ好きなんだわ、この仙台って街が。

それがよく分かったよ。
[PR]
by syohousen | 2011-07-23 07:19 | つれづれと | Comments(0)

反応が欲しいのか、目的を成したいのか、

反応が欲しくて行動するのと
成し遂げたい目的があって行動するの。

長続きするのはどっちだ。


まあ、長続きするかどうかだけがその行動の価値を決める訳じゃないので
別に長続きだけを目指せばいいって訳じゃないんだけれども、
とりあえず自分は後者の方を重視してゆきたいなって思う。

人の反応なんてその都度ころころ変わるし、
正直そういうのばっか求めるのってめんどくさいから。

それに何よりも、その選択には自分がないのが嫌だ。


や、必要な状況になれば選ぶかもしれないけど、
それはあくまでも例外的な選択でしかないです。

最終的な判断のものさしは、いつでも自らの中に持っておきたい。

それが責任を負うってことでもあるのだから。
[PR]
by syohousen | 2011-07-22 09:16 | つれづれと | Comments(0)