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たぶん、期待はできない、から、

人の負の感情を引き受けることのできない人間が、
何故この国の政治を取り仕切っているのだろうか、、、

はっきり言って、故郷を持つ人間からすると
「自主避難指示」で故郷を離れることなんかなかなかできません。

「や、大丈夫なんですけどね、判断は任せますけどね、
 ただ、一応念のため、出て行って頂けませんでしょうか、、、?」

なんて言われ方ではまず出て行かないです。


例えば、一生恨み続ける対象でも与えられなければ
自分達の手の届かないようなところで起こった理不尽な理由で
生まれ育った故郷から一生離れることなんかできないと思います。


果たして今のトップの人達に
それだけの負の感情をを引き受けられるだけの覚悟があるのか。

地元住民の恨みを買ってでも
多くの人の心に傷を負わせてでも
人命救助を優先し「強制避難命令」を出せるのか。


そもそも何が正しいのかが分からないからこそ、
人の上に立つ人間は覚悟を決めて後世に悪名を残してでも
自らの信念を貫かなきゃならないと思うのだけれども、
今の日本のトップにはどうもそれが望めそうにないのが辛い、、、

億の命を預かる立場の人間が何を優先するべきなのか自分で決められない、、、

別に他に何か有効な策があるのならば強制避難命令でなくてもいいんです。
要は周りからの評価を判断基準にすることだけはやめてくれってことなんです。

役割としてその立場でしかできないことをやってもらえなければ、
その皺寄せは末端の人間に及んでしまうんだってことに早く気付いて欲しい。


ただ、たぶんもうそこには期待できない以上、
現実の問題としては動ける人間でやるしかないんだろうなって思う。

とにかく自分らでできることはないか考え続け動いてゆこう。偉い人達には期待せずに。
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by syohousen | 2011-03-31 14:28 | つれづれと | Comments(0)

『東北復興に向けての舞台人会議』

昨日、今回の震災で被害が最も大きい地域のひとつである仙台にて、
東北を主な活動場所として活躍なさっている演劇人を中心として
「東北復興に向けての舞台人会議」という取り組みが発足されました。

この会議の模様はUSTREAMで世界中へリアルタイム配信される事となっており、
ここで行われるやり取りの中で各々の活動地域を越えて知恵を出し合いながら
共にこの難局を乗り越えてゆこう、という取り組みです。


なお、昨日開催分のアーカイブは以下のリンク先からどうぞ

その1 → http://www.ustream.tv/recorded/13638690
その2 → http://www.ustream.tv/recorded/13639442

被災地の生の声というか、メディアでは触れてないことも結構語られてます。


次回開催は31日(木)18:00~だそうです。

もしお時間等都合付くようでしたならば、
是非ご視聴頂き、芸術文化の来し方行く末に想いを馳せつつ、
時には忌憚のない意見交換を行って頂けたらなと思っております。

↓↓以下、詳細↓↓

第2回「東北復興に向けての舞台人会議」
http://www.ustream.tv/channel/mikiha

呼びかけ人:樋渡宏嗣、渡部ギュウ、戸石みつる

日時:3/31 pm6:00~
会場:SENDAI座☆プロジェクト第1スタジオ
宮城県仙台市青葉区春日町6-1 白鳥ビル2F



仮に次回の視聴が無理だとしても、
この取り組みは継続して行ってゆくそうなので、
是非、都合のついた時にでもご覧になって頂けたらと。
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by syohousen | 2011-03-30 20:30 | 外部団体告知情報 | Comments(0)

毎回特別なんですよ

「こんな時だからこそ」という言葉に対して感じていた違和感って、
もしかするとその「こんな時」じゃなくなってしまったら
元どおりの形に戻っちゃうってことなの?
という疑問があるからなんじゃないか、という気がしてきた。


昨日、とある演劇公演を観に行った際、
創り手の方々へ質問をする機会があったので出演している役者さん達に

「今回の震災によって創作の段階では色々と葛藤があったようだけれども、
 実際に舞台に立ってみた時には何かこれまでと違った感覚があったのか」

という質問をさせて頂いたのだけれども、
それに対する回答は

「毎回違った感覚で立っているのだから今回だけが特別って訳ではない」
「目の前の状況にしっかり向き合うことに集中していた」

などといったものだった。

自分としては、この回答がとても嬉しかった。
上演された作品が面白かっただけに尚更嬉しかった。


そう、毎回特別なんですよ。

ただ、今回は各個人にも社会にも影響力の強い事件が起こったために
その特別さが普段とは違ったものになっているだけで、
創り手としての作品との向き合い方そのものが
劇的に変質してしまうってことではないと思うのです。

もちろん、今後は演劇だけでなく、
あらゆることが質的に変容してゆくことになるかもしれません。

でも、それは結果的にそうなるのであって、
変えようとして変わるものでもないのだと思います。

創り手の人間が全身全霊を込めて
作品と向き合ってゆくことは別に変わらないし、
そうしていれば震災前と後で
その創られる作品達の質が変容してゆくのは必然だと思うのです。


なんというか、「こんな時だからこそ」という言葉には、
実際にはそうは思っていない人もいるのだろうけれども
「今回だけが特別」のような変な意気込みが見え隠れしてしまって、
それが自分には違和感となって表れてきてしまうんだという気がします。


思うに、もっと演劇の力を、可能性を、信じていいんじゃないか。

演劇と全身全霊で向き合っていれば、
演劇の方でもちゃんと応えてくれるはずだと、自分はそう思ってます。
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by syohousen | 2011-03-29 13:10 | つれづれと | Comments(0)

怒りも悔しさも、

昨日もまた、物凄く悔しい報せがきた。


そのことに対して色々と不満はある。

そもそも、そんなのやりようだろとも思っているから
有無を言わさずに結論だけを突き付けられたことには疑問を禁じ得ない。

活動場所が都心じゃないってだけで
こんなにも扱いが違うのかと、怒りすら覚えた。


でも今は、この怒りも悔しさも無力感も悲しさも全て、
自らの活動を推進させてゆくためのエネルギーのためにとっておこうと思う。

そしてそのエネルギーを以て近い将来この価値観に楔を打ち込んでやりたい。
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by syohousen | 2011-03-28 16:38 | つれづれと | Comments(0)

情報との向き合い方、

情報と向き合う祭には、真実を知りたいのか、
それとも自分がそうあって欲しいと願う情報だけを知りたいのか、
何か悪い結果が出た時に責任を押し付けられる人を探しているのか、
そこら辺の自分の姿勢についてをちゃんと見極めておかないと、
後々痛い目を見ることになると思います。

どんな向き合い方をしていても、
結局最終的には自分の身に返ってくるのだから。
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by syohousen | 2011-03-27 13:18 | つれづれと | Comments(0)

【勉強会】戯曲のブラッシュアップのためのリーディングワークショップ

◆声と身体の処方箋・勉強会◆

戯曲のブラッシュアップのための
リーディングワークショップ

声と身体の処方箋勉強会に参加しております江野澤雄一と申します。

私が企画しますリーディングワークショップを勉強会の場をお借りして開催します。
ぜひ参加のご検討をお願いいたします。

【リーディングワークショップの主旨説明】

昨年の5月に行われたリーディングワークショップで使用した拙著【海までの長い距離】を、当時の参加者の意見を参考に約10ヶ月の期間をかけ【わたしが生まれた日】として大幅に改定しました。

時間がかかってしまいましたが、再度リーディングワークショップを行うことで戯曲をより精度の高いものにしたく今回の企画を提案しました。

以前に参加された方にも、今回が始めての参加の方にも生まれ変わった戯曲をお読みいただければ幸いです。

【リーディングワークショップ内容】

〈題名〉
わたしが生まれた日

〈人物・キャラクター〉
男 1名
女11名
計12名

心中を決意した男女
赤ん坊をラブホテルに捨てた母親
廃墟で誕生日を祝う女たち
女たちに捕らえられた自殺志願者の女
浮浪者の女
母を探す女

〈場所〉
ラブホテルの廃墟

〈概要〉
森に囲まれた湖。湖畔にはレジャーランドがあり、休日ともなると多くの来園者で賑わう。森は自殺の名所として知られている。

ラブホテルの一室には心中を決意した男女がいる。男女は心中をするため部屋を出るが、自分たちの部屋の前に捨て置かれた赤ん坊を発見する。

数年後。ラブホテルは閉鎖され廃墟となっている。ラブホテルの一室では森で自殺を遂げようとして果たせなかった女たちが年に一度集まってひらかれる『誕生日会』が行われている。女たちはケーキを食べると森に自殺志願者を捕まえに行き、自分たちの新しい仲間に加えるのだった。

捕まえた自殺志願者を仲間に加えようとしている時、一人の女が現れて言う。

『母を知りませんか』

ラブホテルという場に囚われた女たちの悲喜劇ーーー

【当日の流れ】
(1) 本読み
(2) 作品について良いと思うことを発言する
(3) それについて話し合い
(4) 作品について悪いと思うことを発言する
(5) それについて話し合う
(6) 作家から参加者への質問
(7) 再度の本読み
(8) 一回目の本読みから印象が変わったかどうかを話し合う
(9) 時間があれば再度の本読みor時間がなければ全体のまとめ


欧米ではリーディングワークショップの開催は劇作家が作品を発表する場として有効に機能しています。日本でも日本劇作家協会が主催する【月1リーディング】など、各地で盛り上がりを見せています。
ぜひこの機会にご参加ください。

【日程】
3月26日(土)13時ー17時 4時間

タイムスケジュール:
集合 12時45分
開始 13時
終了 17時

集合場所:小田急線「喜多見駅」

【料金】
参加費無料

【会場】
■『岩戸地域センター』(狛江市岩戸南2-2-5)
※小田急線「喜多見駅」より徒歩15分
[部屋名]地下会議室

【服装・使用するもの】
服装は自由です。
筆記用具をご持参ください。

【定員】
男女2人以上

【備考】
・男性参加者が多数の場合には戯曲の特性から一人にお読みいただく時間が短くなると思われます。ご了承ください。
・戯曲の内容には少々過激な表現が含まれます。
・激しい動きはしません。

以上がリーディングワークショップの概要となります。

参加希望の方は題名に『リーディングワークショップ参加』
本文に『氏名 メールアドレス 電話番号』をご記入の上、
prescription_voice@yahoo.co.jp宛にメッセージをお送り下さい。
遅刻、早退の連絡がある場合にはあわせてご記入下さい。

こちらからの返信をもちまして参加完了となります。

よろしくお願いします。

江野澤雄一
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by syohousen | 2011-03-26 13:00 | WS・勉強会・セミナー情報 | Comments(0)

甘えているんだから、

今、自分達は望むと望まざると関係なしで
誰かしらに甘えて生きてきているんだってことを、
決して忘れちゃならないし目を逸らしてもいけないと思う。


だから自分は、今まさに自分達のために命がけで闘っている人達を
褒め称えたり貶したりといった恥知らずな行為はしたくない。

それは結局、自分の罪悪感を誤魔化すために行っていることだと思うから。

今は彼らに甘えてしまっているんだという事実から目を背けずに、
信じ、祈ることを続けつつ、今の自分ができることを
精一杯やってゆくことだけしかできないんだと思う。
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by syohousen | 2011-03-26 09:40 | つれづれと | Comments(0)

語るのならば、

今の自分の素直な気持ちを言えば、
今、震災についてとか原発についてああだこうだと語っている人、
これからもちゃんと、ずっとそのことを語り続けて下さいね。

今の状況がある程度落ち着いてきたら
いつの間にか何もなかったかのように黙ってしまうとか、
もしそんなことをするようであれば
たぶん自分はその人のことを信じません。


お祭りとは違うんですから、今起こっていることは。

そこをしっかり認識した上で、語って欲しいです。
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by syohousen | 2011-03-25 10:28 | つれづれと | Comments(0)

あの日以来初の観劇にて、

昨日観に行った青年団の『バルカン動物園』。

あの震災の日以降で初めての観劇が
この公演だったことに、自分は何か不思議な縁を感じた。

この作品の最後に出てくるある言葉の意味を、
この2週間一日たりとも考えなかった日はなかったからだ。


15年近く前に創られた作品が、
いくつもの歴史的事件を経る度にその見え方が変わってしまう、、、

改めて、演劇の持つ力の凄味のようなものを感じさせられた。
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by syohousen | 2011-03-24 21:40 | つれづれと | Comments(0)

「こんな時だからこそ」という言葉に感じる違和

なんというか、猫も杓子も

「こんな時だからこそ」

の一言で済ませようとするのって、一体どうなんだろうか。


どうも「不謹慎」と言われたくないがための
言い訳っぽい印象を自分は受けてしまう。


でも、本気で「こんな時だからこそ」
やるべきだという信念があるのだとしたら、
そんな前置き添えなくてもやれる気がする。

現にそうして余計なことは語らずに
己のやるべきことを黙々とやっている人はいます。

自分としては、そういう人のやっているものの方が
正しいかどうかは別として、信じることはできる。


や、別に「こんな時だからこそ」って使ってもいいとは思うけど、
ただ、安易にこのフレーズを乱用することは
本当の意味で「こんな時だからこそ」やろうとしている
取り組みに対して失礼なんじゃないかなって思うんですよね。


もしかすると、何に向けてその取り組みを行っているのかが
今、問われているのかもしれないなって思う。
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by syohousen | 2011-03-23 12:14 | つれづれと | Comments(0)