<   2010年 09月 ( 30 )   > この月の画像一覧

とにかく限界まで、

とにかく、自分の限界まで突き進んでみることが大事なんだと思う。

人の動向を気にするのは、
それができてからでも十分間に合うだろうし、
そもそも、全身全霊を懸けていれば、
そんなことを気にしてもしなくても大差はないような気がする。


で、全て出し切った先にあるもの、
見えてくるものが何なのか、
それこそが、成長に繋がる何かなんじゃないか、と思う。


覚悟さえ決めてしまえば、
全力で目の前の物事に取り組むなんてことは
誰にでもできることであるはずなのだから、
せめてそれくらいは常に心掛けておきたい。
[PR]
by syohousen | 2010-09-30 23:56 | ものの見方・捉え方について

心の振れ幅いっぱいで、

感じることは沢山あるし、思うことも沢山ある。

でも、それを表に出すかどうかを選ぶのは自分だし、
そこについて周りからとやかく言われる筋合いはない。

そもそも、別にどちらがいいとか悪いとかもないと思っている。


ただ一つ、とにかく全力で、己の心の振れ幅いっぱいで
目の前の事実を受け止めることができたならば、
そこから先の表現の形式なんて、あまり重要なことではないと思う。
[PR]
by syohousen | 2010-09-29 23:40 | ものの見方・捉え方について

超越してしまえばいい

優れた人達と高め合いがしたい気持ちと、
自分の望みを実現させたい気持ち。

その両者は決して相反するものではないと信じてるのだが、
でも、やっぱり人間だからなのか
自己中心的な醜い発想に染まってしまうことが、よくある。

今もそう。


でも、それは沸き上がってきてしまったものなので、
無理矢理押さえ付けたりはせず、とことん向き合って闘ってゆこうと思う。


要は、それ以上の強い想いを以て、そんなものを超越してしまえばいいんだ。


自分は、演劇に対し礼を失することだけはしたくないから。
[PR]
by syohousen | 2010-09-28 23:21 | つれづれと

メディアに取り上げられたとしても、、、

先日、女子バスケの世界選手権での日本対アルゼンチン戦にて、
大神選手が試合終了直前にブザービーターを決め、奇跡の大逆転勝利を飾った。


が、その試合を、メディアは扱ったには扱ったのだけれども
その扱い方があまりにも淡々とし過ぎていたので、
あれではバスケのことを知らない人が観たら
さほど大した事のない出来事だったのかと感じてしまうような気がした。


メディアに露出する機会ができること自体は
非常に喜ばしいことなのだけれども、
しかし、それもちゃんと愛情を持った人に扱ってもらわなければ、
結局はその業界そのものが盛り上がることはないんだろうなと思う。

思うに、例えばイチロー選手がまだ挑戦する以前から
ずっとメジャーリーグを取り上げ、
世間へとプッシュし続けて下さっていた故・パンチョ伊東さんのように、
その業界への強い愛情と社会的な影響力とを兼ね備えた存在が、
世間的にマイナーな認知度しか持たれていない業界には
必要不可欠なのかもしれない。


メディアに取り上げられれば何でもいい、
というのではなく、どう取り上げられるのか、
そして、どのような想いを以て取り上げるのかが、
一番大事なことなのだろうなと思う。

同時に、このことは、メディアだけではなく
身近な人に自分の世界のことを知ってもらう際にも
通じることのような気がする。
[PR]
by syohousen | 2010-09-27 19:45 | つれづれと

9/22(水) 寺子屋レポ

9/22(水)18:00~21:00
『俳優って?を考え続けてゆくための寺子屋』
@新町地区会館・第3会議室

【進行】
■昨日受けたWSオーディションのフィードバック
■「人物→物」の連想を続け、その傾向をチェックしてみる

■テキストの読み合わせ

【レポート】
今回は、面白いことに参加メンバー全員(横山含む)がこの前日にマームとジプシーのWSオーディションを受けていたため、いい機会なのでそのフィードバックを全員で行ってみた。
結果、この日はWSというよりも座学のようになってしまったのだが、普段とはまた違った角度からの発見が多かったため、行ってみてよかったなと思う。

これまでにも何度かこのブログでも書いてきたことではあるのだが、現場と鍛錬の場を行き来するということは俳優としての力の向上のためには非常に重要なサイクルであると自分は考えている。
しかし、ただ何となくで行き来していても何も始まりはせず、重要なのは、そのどちらの場を踏んだにしてもその都度体験してきたことをいちいちフィードバックしてゆくことでもあるとも考えている。


今回の寺子屋で行ったのは、その大切なフィードバックという行為を、一人で行うのではなく、同じものを経験してきた他の人ともシェアリングしてみようというものである。

当然、自分が重んじていたものとはまた違ったものに意識を割いている人もいるし、「こんなことを考えていたのは自分だけ?」と思い込んでいたことを実は他の人も考えていた、、、なんてこともこのシェアリングによって知ることができたりしたので、非常に発見の多い時間となれた気がする。


まあ、本来はこのフィードバックの中からいくつか興味深いトピックを拾い上げてみて、それをまた違った角度から照らし出せるようなエクササイズを実際に試してゆこうかとも思っていた。
が、思いの外話が盛り上がってしまったので、昨日のWS時に得た発見を補完するためのエクササイズをひとつだけ行ってみるだけで、あとはもう前日のフィードバックに集中できる流れに持ってゆくよう進行の方針を変えてしまった。

たぶん、それだけ皆の中で前日のWSで得たものが大きかったのだろうなと思う。


自分としては、この寺子屋の参加者の方達には横山以外の人のWSもどんどん受けてもらいたいと思っているし、そういった他の現場で受け取ったものも最大限今後の活動に繋げて欲しいとも思っている。
だから、たとえ自分のWSではなかろうとも、そこから得たものを今後に繋げるための回路作りの一例を示すことでその俳優さんの成長の一助を担うことに、なんら躊躇いはなかったりする。

むしろそういうアプローチをしてみることで、こちらの方にも新しい発見が生まれるため、ありがたいことでもあるのだ。
また、そうやって様々な指導者同士がお互いから学び合い切磋琢磨してゆくことで、より高いレベルの指導を提供できるようになってゆきたいなとも思っている。

自分についてきてくれている人を囲い込むようなことはしたくないし、自分の思想に染めてしまうようなことは絶対にしたくない。
なにより、そんなことをしてしまえばその途端に指導者としての成長は止まってしまう。


常々言っていることだが、自分の理想は「生きることそのものを学びとできる人間」を一人でも多く輩出することである。
それはつまり、指導者としての顧客を減少させることを目標としていることでもある。

しかし、自分はそれでいいと思っている。
もしそれによって誰も自分の元に残らなくなってしまったならば、それ以上の「指導者としてのアイデンティティ」を見出せばいいだけのことだ。


話がだいぶ大きく、そして逸れてもしまったが、おそらくは今後もこのフィードバックのようなことは機会があれば行ってゆこうかと思う。


これからも様々な手段を駆使しながら、ファシリテートする側とそれを受ける側、その双方がお互いに学びが発生するような場を生み出し続けてゆきたい。
[PR]
by syohousen | 2010-09-26 20:49 | レポート(主催)

思わず語りたくなるってどんなんだ

昨日、JBL(日本バスケットボールリーグ)の試合を観に行ってきたのだが、
試合終了まで全く結末の読めない好ゲームとなり、とても痺れさせてもらえた。

そして、あまりにもいい試合だったため、
試合終了直後、隣に座っていた見ず知らずのおじさんと
今終わったばかりの試合について普通に語り合ってしまっていた。


しかし、よくよく考えてみたらあれって凄いことだなと思う。

話している時は何の違和感もなかったのだが、
あんなにも自然に見ず知らずの人と話せるだけのものを
あの試合から受け取ることができたというのは、
なかなか起こり得ることではないんじゃないかって気がする。


で、自分の癖として、こういう体験は
ついつい演劇に繋げて考えてしまうのだが、
芝居を観た後、隣の見ず知らずの人と
思わず語りたくなってしまう作品ってどんなものなのだろうか、、、

や、まあ、別にそれが必ずしもいい事かどうかは分からないけど、
でも、そんな体験してみたいし、させてみたいなって気もする。

それだけ人の心を動かせるなんて、
並大抵の影響力じゃ到達できない訳だから、
貴重な体験となるんだろうなって思う。
[PR]
by syohousen | 2010-09-25 23:28 | つれづれと

10年連続

イチロー選手が、10年連続200本安打を達成しました。


イチロー選手のメジャー1年目に生まれた子供がいたとしたら、
今やもう10歳になっている訳で、その間中一年も途切れることなく
200本安打を達成し続けていたということです。

これだけの長い期間、好不調の波や怪我といったものに負けずに
高いレベルで安定した成績を残し続けることができるというのは、
万の言葉を重ねたとしても語り尽くせない程に
とんでもないことでもあり、素晴らしいことであると思います。


こんな選手と同時代に生きることができている幸せに感謝しつつ、
この偉大な業績に心よりの敬意を表させて頂きます、、、
[PR]
by syohousen | 2010-09-24 10:19 | つれづれと

繋げるも何も、

よく、社会における演劇の立場や役割について考える際に
「演劇と社会を繋げたい」という風な表現をする人がたまにいるけれども、
そういう表現を聞く度に、
「でも演劇というものは初めから社会の中に存在しているものなのだから
繋げるも何も、そもそも演劇は社会の一部なんじゃない?」と思ってしまう。

なんだか、その表現からは「演劇と社会は元々別物なんだ」という
前提が含まれている感じがするので、
聞いている側としてはどうしても卑屈な響きを覚えてしまうし、
不用な対立関係を生じさせてしまっているようにも感じてしまうのだ。


志自体が大変素晴らしいものであっても、
その発想が変な思い込みによって生まれた前提から出発していたのであれば、
その志の実現を目指そうにもなかなかうまくはいかない気がする。

それだけに、目の前の前提にとらわれるのではなく、
ちゃんと「省みる」ことを忘れずにいたいなと思う。
[PR]
by syohousen | 2010-09-23 21:48 | ものの見方・捉え方について

「現場に立ち続けてゆく」ということ

人前に立つということはどうも特殊なエネルギーを使うらしく、
ただの単純な運動のための体力とはまた違った
体力を要求されるんだなということを、
昨日のWSオーディションを受けていて再確認した。

しかし、現場から離れていた期間中に積み重ねてきたものが、
自らの新たな一面の発見へと繋がるきっかけとなったりしていたので、
非現場時における基礎的な鍛錬の重要性も改めて実感できた。


たぶん、こういう風に
現場と基礎鍛錬の場とを行き来してゆくことが
俳優としては重要な要素なのだと思う。

そして、どちらに偏ってしまっても、駄目なのだと思う。


やはり、現場に立ち続けてゆくことにはこだわってゆきたい。
[PR]
by syohousen | 2010-09-22 16:00 | 俳優訓練について

まあ、平常心でいってきます

今日は、マームのオーディションを受けてきます。

でもまあ、何か特別なことをしたりとか、
変に気負ったりとか入れ込んだりとか、
そんなことをしていても仕方がないので、
平常心でただただ飛び込んできます。

そもそも、オーディションの時点で創作は始まっているのだから、
その中にあって自分には何ができるのか、
どうしたら最大限の成果を導き出せるのか、
そのことだけを考え、とにかく誠実に目の前のことへと取り組んでゆこうかと


但し「自分を出せれば結果なんて関係ない」なんて
甘ったれたことは一切考えてはおりません。

当然、結果にはとことんこだわってゆくつもりです。
[PR]
by syohousen | 2010-09-21 14:26 | つれづれと