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ぎりぎりの状況だからこそ、

思うのは、こういうぎりぎりの状況下に追い込まれた時こそ、
その人の「信じる」能力が問われるんだろうなってこと。

責任転嫁でもなく甘えでもなく、
その信頼の責任は自らで負う覚悟を持った信頼をおけるかどうか。

明日は、それが問われる1日となりそうだ。


まあ、その勝負、負ける気はしてませんが。
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by syohousen | 2010-05-25 23:20 | ものの見方・捉え方について

観ることも観られることも、

自分の大好きな女優さんが、
次の舞台を区切りにしばらく役者から離れてしまうらしい。

が、その舞台は自分の公演と日程まる被りで観に行けず、、、

寂しさのあまり泣きたくなる気持ちを抑えつつ、
「後日お互いによい報告ができるよう頑張りましょうね」と約束した。


観ることも観られることも、当たり前のことじゃないんだ。

忘れちゃいけない。
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by syohousen | 2010-05-24 01:10 | つれづれと

アピールとかって、

自分は、どうしても自らの不幸アピールや
多忙さアピールをしている人のことが好きになれません。

が、その一方で、己の不幸や多忙さにどう立ち向かおうとしているのか、
という点についてだったら興味があるので、
そういった自らの境遇としっかり向き合い闘おうとしている人は大好きです。


まあ、要は、そんな下らんアピールしてる暇があるなら闘えってことです。
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by syohousen | 2010-05-23 01:42 | つれづれと

心に潤滑油を差さなきゃかも

どうも最近、「ありがとう」が素直に出てこない気がする。

一度頭の中を経由してから「ありがとう」が出てきているような感覚があって、
だから、その感謝の気持ちの純度が僅かにだけど薄まっているように感じてしまう。


ちょっとここらで自分の心に潤滑油を差してやらなきゃなぁ、、、と、思う。
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by syohousen | 2010-05-22 23:10 | つれづれと

ムキになって

自分は、表には出さないけれど
自分の出演する作品を観てもらえなかったりした場合には、
ほぼ間違いなく感情的になってしまいます。

まあ、要するに、物凄く泣きたくなるし、
同時に激しい怒りも感じてしまうということです。


でも、思うのは、それくらいのプライドも持てないような作品を
果たして上演してしまっていいのだろうか、ということ。

だって、自分は「誰かに観て欲しい」という想いを出発点として
創作に取り掛かる人間であるから、どんな理由があろうとも
観てもらえないのは悔しいことに変わりがないんです。

特に、形の残らないものである舞台作品においては
毎回が最初で最後のチャンスである訳だから、
簡単に「じゃあ次でいいよ」という風に済ませられる訳がないんです。


や、まあ、それでも現実問題として仕方ないことではあるので
別に相手を責めたりとかは決してしませんが。



まあ、こんな青臭い発想ではいつか身が持たなくなるだろうし、
人との摩擦も生まれ易いのかもだけれども、
でも、ムキになれない作品を世に出すことの方が自分にとっては耐え難いことなので、
今後もこのスタンスは崩すことはないです。
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by syohousen | 2010-05-21 10:08 | つれづれと

その空間を構成する一員なのだから、

芝居にせよ何にせよ、誠実さというものは、
演者側だけでなく観客側の人間にも
求められるものなんじゃなかろうか。

特に舞台作品であれば、
その空間を共に構成する一員であるはずなのだから
上から目線で大上段に構えて作品を「どれどれ」と
眺めるような姿勢で観ようとしてしまえば、
少なからず作品におかしな影響を与えてしまうんじゃなかろうか。


生ものなのだから、他人事ではないはず。

別に難しいことなんか考える必要はないんだろうけれども、
せめて舞台上の邪魔をするような見方だけは
しちゃいけないんじゃないかなって強く思う。


観客は、自分一人だけではないんだから。
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by syohousen | 2010-05-20 07:06 | ものの見方・捉え方について

「大切な人」

人から「大切な人」と言われるのは、やっぱり嬉しい。

それが自分も大切に想っている人からであれば、尚更そうだ。


ほんと、こういうポジティブな意思の循環って素敵だなって思う。
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by syohousen | 2010-05-19 23:14 | つれづれと

ほんの少しの工夫を、

ここ最近、朝起きる際にどうにも身体が重くて仕方がなかったため、
家を出るぎりぎりまでぐだぐだ寝たり起きたりを繰り返していたのだが、
やっぱりそういう中途半端な対応の仕方が一番よろしくないようだ。

その証拠に、今日は目は覚めてから、
横になりながら身体の滞っている部位を
丁寧に伸ばしたり揺すったりしながらほぐしつつ、
少しずつ身体を覚醒させるように仕向けていったら
だいぶこれまでとは寝覚めが違って感じた。


無理しすぎるのもよくはないのだろうが、
だからといって甘やかし過ぎるのも
決してよい結果を生むものではないんだってことを
もう少し肝に銘じて、日々を送ってゆかねばなと思う。

別に決して難しいことをやらなくたっていいし、
たぶんほんの少しの工夫をしてゆくだけでいいんだしね。
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by syohousen | 2010-05-18 10:52 | ものの見方・捉え方について

必然性で編みあげられたもの

必然性で編みあげられたものというのは、
ちょっとやそっとの負荷じゃ決して破ることのできない強い強度と、
どのような形状にしようとも決して崩れることのない柔軟性が
備わっているんじゃないのかなって思う。
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by syohousen | 2010-05-17 10:29 | ものの見方・捉え方について

現状維持

現状維持でいいやという発想は、
結局のところ、現状をマイナスのベクトルへ
さし向けてしまうような発想へと直結している気がする。

だからこそ、順調に物事が進んでいる時には
その現状を打破しようとする強い意志を持って
目の前の物事へと臨んでゆかねばならないんだと思う。
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by syohousen | 2010-05-16 08:36 | ものの見方・捉え方について