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4/15(木) 勉強会レポ 【ディスカッション→WS実験場】『演劇って?』

4/15(木) 18:00~21:50 @祖師谷地区会館

◆◇◆声と身体の処方箋・定期勉強会◆◇◆
【ディスカッション→WS実験】
『演劇って?』

■リーダー:横山 真

【テーマについて】
今回は、どのような流れになるのかちょっと分かりません。
もしかするとディスカッションで終わってしまうかもしれません。
まあ、できればそこから何かしらの発見を見出してみて、その発見をうまく利用したWSメニューの実験にまで発展させてゆきたいなとは思っているのですが。

なんというか、「当たり前」を見直してみたいのです。

もちろんこのことは自分も日々考えてはいるのですが、それはあくまでも自分の頭の中でだけで考えていることでしかなく、それを改めて実際の言葉にして他者とディスカッションするような機会ってなかったなと思うのです。

今の今までそんな根本的な問いに対して何のアクションも起こしてこなかった自分の演劇人としての無責任さに、ただただ恥じ入るばかりではありますが、しかし気付くことができたのだから、やってみようと思います。
そこから何かしらの発見が生まれてくるかもしれですし。


【レポート】
自分個人としては、かねてより今回のような「当たり前」とされているようなことを改めて見直すための議論をする場として、この勉強会を有効利用してゆきたいなと思っておりました。
という訳で、今回のテーマは、今後に繋げてゆくための叩き台として非常に重要な意味合いを持っているような気がしております。

「演劇って?」という極めてざっくりとした、しかも扱っている題材的に決してまとまりようのないこのテーマ。
おそらく何かしらの結論を導くために議論を行おうとするのであれば、もう少し扱うテーマの範囲を絞り込んだ方がいいのでしょうが、自分としては、今回だけでこのテーマを終わらせるつもりはなかったので、敢えて手に負えない範囲のままで開催してみて、そこから生まれてきたものを回収してゆくような手法で今回は行ってみようと思い、このような形での開催にしてみました。

おそらく、この一回だけで見てみれば、この会は完全に不発で終わったと言えたのではないかと思います。
何故なら、はっきり言ってしまえば飲み屋で演劇について語り合っているような人達と何が違うんだというような内容だったためです。
しかし、自分の中では手に負えない範囲の広さ故に見えてくることのできた、議論をコントロールしていては決して気付くことのできない予想外の発見がいくつもあったため、かなり収穫の多い3時間半でした。

おそらくはここでの発見を元にして、今後はもう少し絞り込んだテーマを設けたディスカッションを行ってゆくかと思います。

◆今後設けてみたいテーマの一例◆
・演劇と時間
・演劇と空間
・演劇と言葉
・演劇と身体
・「演劇を観る」ということ
・演劇史について
・「演劇を観る」ことと「演劇をやる」こと
・日本と海外の演劇環境の違い
・「舞台俳優」という存在について
・演劇って必要なのか?
・面白い演劇ってなに?つまらない演劇ってなに?
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by syohousen | 2010-04-30 20:12 | レポート(勉強会) | Comments(0)

ふと思ったこと

誰にも迷惑をかけない生き方って、
実は物凄く無責任な生き方なんじゃないかな。
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by syohousen | 2010-04-29 14:41 | ものの見方・捉え方について | Comments(0)

正着手

人生って、詰め将棋とは違って
一手目が必ずしも正着手でなくてもいいんだと思う。

そもそも人生において正着手なんてないんだし、
そんなことに悩んでいる暇があったら、動いてみればいい。

動いてゆく中でしか、その瞬間に殉じてゆく中でしか
見えてこないものがきっとあるはずで、
それは停滞している限りは絶対に見えたりはしないものなんだと思う。

ただ何もせずに待っていても「機」なんか決して訪れはしないし、
たとえ訪れたとしても、それをモノにすることなんかできはしない。


ひたすらに「今」を繰り返し、
その一つひとつの「今」を積み重ねてゆくことでしか
前進することは不可能なんだということを、
もっと心掛けてゆかねばなとつくづく思う。
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by syohousen | 2010-04-28 14:31 | ものの見方・捉え方について | Comments(0)

人と話すって、やっぱ難しい

ついついやってしまいがちなことだが、
言葉を探しにいってしまった時ほど、
自分の発する言葉が上滑りしてしまうことはないんじゃないかと思う。


言葉が出てこないなら出てくるまで待てばいいのに、
間が怖くてつい無理矢理言葉を捻り出して間を埋めようとしてしまう。

で、結局自分の言いたいことの半分も口にすることができず、
しかもよく分からない話へと転がってしまって収拾がつかなくなってしまう。


つくづく、人と話をするということって難しいことなんだなと思う。

もっと相手を信じりゃいいのにねぇ、、、
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by syohousen | 2010-04-27 14:47 | つれづれと | Comments(0)

そこに敬意があるか、ないか、

自分とは違った考え方に敬意を払うことのできない
情熱や信念は、単なる独善だと思うし、
周りも自らも不幸にしてしまうだけの非常に危険な発想だと思う。


たぶんそれは人類の歴史が証明しているんじゃないかな。

結局のところ、戦争だってテロだって
そういうところから始まってる訳だからさ。


やっぱ、事実は事実として、
まずはそれをありのままに受け止められるようになりたい。

そして、それらを暖かく迎え入れられるようになりたい。

そこからなんだと思う。
自分の想いを高らかに謳い上げようとするのは。
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by syohousen | 2010-04-26 14:42 | ものの見方・捉え方について | Comments(0)

いつも通り

5年前の今日は福知山線脱線事故のあった日ですね、、、


ただでさえ強く印象に残っていた事故だったのだけれども、
それにプラスして2年前のマームとジプシーでやった
ドコカ遠クノ、ソレヨリ向コウ 或いは、 泡ニナル、風景』に出演して以来、
自分にとっては他人事ではない事故のような気がしてなりません
(自分は、「草野」という事故を起こした電車の運転手役でした)。




草野「僕は、、今日も、、いつも通り、、いつも通り、、出勤して、、いつも通り、、この、、電車に、、乗り込んだんです、、僕は、今日も、、今日も、、」
香川「私も、」
草野「え、」
香川「私もです、、いつも通り、、いつも通り、」
草野「はい、、、、」
香川「朝、、起きて、ご飯食べて、ラジオ聞いて、歯磨きして、、いつも通り、ですよ、、いつも通り、、行ってきます、、って、そう、言って、、」
草野「はい、、、、」
香川「行ってきます、、、、って、」
草野「僕は、、」
香川「日常を、、私も、あなたも、日常を、生きていただけでしょう、」

※マームとジプシー『ドコカ遠クノ、ソレヨリ向コウ 或いは、 泡ニナル、風景』作中より抜粋



みんな「いつも通り」だったんですよね。

それは乗客にしても、運転手にしてもそう。

実際の行動はどうあれ、感覚としてはいつも通りであったはずなんです。

みんな当たり前に「これから」へと向かって生きていたんです。

ただ、結果がいつも通りにならなかっただけで。



だからこそ、こういうことって忘れちゃいけないと思います。


慎んで、哀悼の意を表させていただきます、、、
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by syohousen | 2010-04-25 14:12 | つれづれと | Comments(0)

「指導」において重んじていること ⑦

人に何かを教えるということは、
その人の人生を大きく変えてしまう可能性を孕んでいる。

それはポジティブな変化を生む時もあれば、
ネガティブな変化を引き起こしてしまう時もある。


果たして自分はその重みに耐えられるのか、
そして、ちゃんと適切に人を導けるのかどうか。

指導者を名乗る以上は、
常にそのことを自らに対して問うて然るべきだと思う。
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by syohousen | 2010-04-24 15:34 | 指導について | Comments(0)

1年経ちました

早いもので、昨日でこのブログを
ほぼ毎日更新し始めてから1年が経ちました。

極端な体調不良や、
ネット環境になくて仕方なく更新を断念したのを除けば、
1日たりとも欠かすことなくやりきれたのは、
誇っていいことなのかもなと自分でも思います。


どんなに書くことが思い当たらなかろうとも、
どんなに時間に余裕がなかったとしても、
とにかくどんなことをしてもいいから
更新できるよう工夫してゆくことを自らに課してました。

やはり、続けてゆく中でしか見えてこないことって沢山あって、
継続しているからこそ知らず知らずのうちに身に付いていることも
結構あるのだろうなと思っております。

実際問題として、現時点でも言葉に対しての
向き合い方が1年前とは確実に違ってきている訳ですから。

たぶん、続けていることで得ているものは
まだまだ自分で気付いていないだけで他にも沢山あるのだと思います。


まあ、とはいってもまだたったの1年ですからね。
威張るほどではないですよね。

もしかすると、更新することが生活の一部となるくらいに馴染んできた時に、
言葉に対して今とはもう少し違った感覚で接することができるんじゃないかな。

その景色、なんとかして見てみたいので、
まだまだ続けることはやめずにいようと思います。
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by syohousen | 2010-04-23 10:42 | つれづれと | Comments(0)

人に意見を求めるならば、

よく思うことなのだが、人に意見を求める場合には、
まず自分の方から意見を発信すべきなんじゃないかなと思う。

まあ、立場によってとか、
或いは何かしらの意図があったりとかするのならば
例外もあるのだろうけれども。


なんか、人に先に意見を言わせて、
それに合わせて後だしじゃんけんのように
意見を言うのはフェアじゃない気がするんだよね。

それだけに、自分の場合は基本的に人に意見を求める際は、
まず自分から意見を発信することを心掛けてます。

やっぱ対等じゃないと嫌なんで。
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by syohousen | 2010-04-22 08:08 | ものの見方・捉え方について | Comments(0)

ファンレター

昨日、ある方から目から鱗の言葉をもらった。

それは、

「お金っていうのは、ファンレターだと思えばいいんじゃないかな」


その人の行っている活動に価値があれば、
ファンレターは自然と集まってくるし、
価値がなければ、自然と減ってくる。

逆に、ファンレターばかり欲していて
やるべきことを何もやっていないるような人には
ファンレターなど決して集まってくるはずがない。


だから、別にお金を不浄なものとしてばかり
とらえることなんかないんじゃないか。

その人の活動が素敵だと思うからこそ、お金を払ってくれる訳なんだから。


なんだか物凄く、視野が拓けた気がする。

本当に、ありがたいなと思った。
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by syohousen | 2010-04-21 13:55 | ものの見方・捉え方について | Comments(0)