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意味ではなく、呼吸のやり取り

会話において、相槌っていうものは、
物凄く大切なんだよなってことを最近つくづく感じてます。

無反応で聞いている人に話をするのと、
こちらの話に適切に反応し
相槌を打ってくれる人に話をするのでは、
こちらの話すリズムまで違ってくる気がするんです。


たぶんそれは、会話というものが、
言葉の意味合いでのやり取りなのではなくて、
相手との呼吸のやり取りによって成立するものだから
なんじゃないかなと思います。


そう考えてみると、
やはり会話というものは、
相手との共同作業なんでしょうな。
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by syohousen | 2010-01-31 10:37 | 声・身体について

気付けば、

先日、道端の木をふと見上げてみたら、
梅の花が咲いていた。

気付けば、空の質感もだいぶ変わってきている。


どんなに日々の生活に追われていようとも、
もうした小さな変化を感じられるような
心の余裕だけは持っていたいもんです。
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by syohousen | 2010-01-30 08:16 | つれづれと

経験が増えることが、必ずしも成長には繋がらない

何かしらの経験量が増えることが、
必ずしもその人の成長に繋がるとは限らないんだなってことを、
先日、友人と話していて気付いた。


その人が何かを経験するということは、
その事柄についてはもう結果が出たということでもあって、
もしそれが周りから非難されることもないような
問題も何ひとつない結果であれば、
そのことで今後過ちを犯すこともなければ、
頭を悩まされることはないはず。

それは見方によっては、
その事柄に関して安全圏に身を置けていることになる訳です。


怖いのは、その安全圏に自分がいるのだということを忘れ、
自分とは違った結果を出してしまった人や、
或いは過ちを犯してしまった人のことを
平気で責められるようになってしまうこと。

過ちを犯してしまった人達からしてみれば、
もう既に周りからは責められることのない
結果が出ている人の発する意見に対しては、
ただただ聞くことしかできません。

しかも、だからといって
こちらとしても結果が出てしまっているのだから
どうあっても取り返しようがない。


例えば、結婚→妊娠→出産という順番で夫婦となった人が、
いわゆる「できちゃった婚」の人を執拗に責めてみたりすること。

たしかに褒められたことではないとは自分も思いますよ。

でも、だからといって、
その人のことをいくら責めたところで、
起こってしまったことは
もはや取り返しようがないじゃないですか。

特に、産まれてくる子供には何の責任もない訳だから、
まず考えるべきことは
どうしたらその子供がよりよい状況下で
この世に生を受けることができるのか、のはず。

産まれてくる子供が、
周囲から「過ちの産物」などと見なされたまま
育てられたとして、何になるのか?

しかし責めている側には
どうもそこのところが理解できないらしい。


や、まあ、今後同じような過ちを犯すことのないように
考えた上でそうしているのなら分かるし、
責めてはいるけれど、今後その人を陰に日向に支えてゆく
覚悟を持っている人であるのならば、
その人には責めてもよい資格があるとは思います。

でも、そういった覚悟も何もない癖に、
ただの独善的な正義感だけで
自分の価値観を相手に押し付けてしまうのだとすれば、
自分はその姿勢には大いに疑問を感じてしまいます。


なんか、そういう立場の違いを利用して
自分だけ安全なところから人のことを責めたりするのって
物凄くズルいなって思うし、
なによりも全く以て建設的じゃない気がするんですよね。

そんなのは、「言ってやったぜ!」という満足感を
得たいだけの自分勝手な行為なんだとすら思えてきます。


年齢を重ねてゆけば
当然、結果というものがどんどんと増えてゆきます。

それはつまり、見方を変えてみれば、
「失敗に到らなかった結果」という「安全圏」が
増えてきているのだとも言えると思います。


それだけに大事なのは、
その点について如何に自覚的になれるかということと、
その安全圏から飛び出せるだけの強い心を如何にして持つか、
ということなのではないでしょうか。

でないと、全てが自分の経験則に沿った思考しかできない
非常に視野の狭い人間になってしまう気がします。


以上のような理由から、
経験が増えることが必ずしも成長に繋がる訳ではない、
という考えに到った訳です。

月並みな表現ではあるけれども、
「人の立場に立ってものを考える」
という当たり前の発想こそが、
成長に繋がる第一歩目の発想なんだろうなと。
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by syohousen | 2010-01-29 11:00 | ものの見方・捉え方について

今の現場について

「いつまでもここにいたいな」

今の稽古場は、そんな気持ちにしてくれる場です。

こんなに雰囲気のいい稽古場は、初めてかもしれない。


ただ、そうは言っても決して緊張感がない訳じゃなくて、
やっぱりものを創ってゆくという責任は座組全体で共有できていて、
そのおっかなさも十分認識できている上での今の気持ちよさなんです。


創作に繋がる雰囲気のよさなんですよね。

よい作品を作り出すために必要だから、
自然とこういう空気になったというか。

創作に向き合う意識のレベルが高いところで維持されつつ、
しかも一人ひとりにあまり差が見られない。

皆が皆、今の自分がやれる最善を常に探し続けている。



だからきっと、今回、とても素敵な作品ができると思います。

それはもう前提なんです。

あとはどれだけそのクオリティを高められるかです。


そこに集中できる現場にいられるなんて、自分は本当に恵まれていますわ。
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by syohousen | 2010-01-28 08:32 | つれづれと

目の前の人をちゃんと見る

いなくなった人を褒めるのは簡単だけど、
現役の人を褒めるのは、案外難しいと思う。


たぶん、「これから」がある人について語る場合、
その語った言葉が裏切られてしまう可能性があるから、
ついつい無意識のうちに過小評価をしてしまいがちなのかも。

「これから」がある人を評価するのは、責任が生じてしまうから。


でも、いなくなってから褒められても、
それって当人にとってはどうなんだろうか。


なんか、その人がその人がいる時には見向きもしなかった癖に、
いなくなってから「あの人はよかったねぇ」とか言うのって、
すごくズルい気がしてしまうんだよなぁ、、、

失ってしまってから気付くこともあるとは言っても、
もう少し一緒に生きている人のことをちゃんと見てあげて、
ちゃんと評価してあげられるような向き合い方をしてゆきたいなと思う。
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by syohousen | 2010-01-27 08:29 | ものの見方・捉え方について

「今の自分にできること」で、

物事の変容は、一気に起こった方が楽だとは思うけれども、
そんな一手打つだけで簡単に変えられるような問題なら、
最初からそのことで悩んだりはしないんじゃないか。

一気に変えようとしてしまうのは、
「一気に変えてしまい、楽になりたい」という
自分の願望のあらわれであることが多く、
冷静に現状を認識した上での判断であることは
案外少ないような気がする。


だから、「今の自分にできること」という地道な積み重ねこそが、
後に大きな変化を生むことに繋がる第一歩となるんじゃないかな。


焦らず、我慢強く、今と向き合って、
自分のやれることの中で最善を尽くす、、、

まあ、分かっちゃいるけど、
ついつい大きな変化を生もうとしてしまうのが
人間の性なんだろうけれどもね。
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by syohousen | 2010-01-26 08:31 | ものの見方・捉え方について

「悩んでもいい」

たぶん、悩むってことは、
「自分は変われる」って信じているから
悩むんじゃないかな。

だとすると、悩むことってのは、
案外悪いもんじゃないのかも。


だからきっと、
「悩まなきゃ駄目」ではないんだろうけれども、
別に「悩んでもいい」んだと思う。


ほんの僅かな差なのかもしれないけど、
こう考えてみるだけで、だいぶ気持ちは楽になる気がする。
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by syohousen | 2010-01-25 14:43 | ものの見方・捉え方について

景色はみんな違う

全く同じものを見ていても、
人によってまるで別物のように違った意見が生まれてくる。

見る対象が同じであっても、
その目に映る景色が同じ景色であるとは限らない。

むしろ、他者と同じ景色を見られることの方が
不自然であって、また不可能なことなのかもしれない。


だから人と関わるというのは難しいし、おっかない。


でも、全ての人間が同じ景色を
見ているような世の中の方が物凄く嫌だ。

だって、発見の数が有限だと思うから。

そんな世界、つまんないよ。
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by syohousen | 2010-01-24 01:50 | ものの見方・捉え方について

ありのままでいられる人

昨日は、自分にとって最も大切な人である
Kちゃんと久々に会った。

やっぱ一緒にいてほんとに楽な人だ。
だからすごくほっとする。


また、話していて発見が多い。

別に何か素晴らしい意見を
しょっちゅう自分に提供してくれる訳でもないし、
何か深い話をしようとか思って話している訳でもないのに。


たぶん、うちらの呼吸がそういった瞬間をもたらしてくれる
リズムなんだったりするからなんだろうなって思う。

そしてそれは、お互いにありのままでいられる関係だから
そういうリズムが生まれてくるんだろうなって思う。


ありのままでいられることって、物凄く幸せ。

ほんと、そんな存在が近くにいることはありがたい話です。
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by syohousen | 2010-01-23 08:34 | つれづれと

重心をどこに定めるべきなのか

なにかいいこと言おうとしている時ほど、
自分の口から出てくる言葉が
どんどんと薄っぺらいものになってしまってくる気がする。


昨日の記事にも繋がることだが、
何が最優先すべきことなのかを見失ってしまうと
どんな綺麗な言葉を発しようが結局は
自分を取り繕うためのものでしかなくなってしまうのだと思う。


第一に考えているのは、
相手なのか、それとも自分なのか。


自分だけを重んじてしまうと、
他の大切な色々が軽くなってしまうのだということを、
決して忘れてはならないと思う。
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by syohousen | 2010-01-22 10:43 | ものの見方・捉え方について