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反省

今日、これまでの定期診断で送った処方箋メールの文章を読み返していて気付いた。
診断を始めたばかりの頃は、身体からのアプローチによって各人の声における癖の改善方法を処方箋メールにて提供していたのだが、それが回を重ねてゆくうちにメンタル面のアドバイスが中心となってきてしまっているのだ。

もちろん、精神と肉体は切っても切り放せない関係にあり、特に声というものは、発する人間のメンタル的な要素が大きく作用するのだから、非常に重要なポイントではある。
しかしだからといって、声の悩みの全てがメンタル的な問題に起因しているものでもなく、むしろメンタル方面からの仕掛けでは解消できない問題を抱えているからこそ、こうして受診に訪れているのだとも思う。

身体からのアプローチをないがしろにしてのボイトレならば、トレーナーを名乗る資格はない訳で、ただ単に声の相談役とでもなのればいい。
身体面とメンタル面、両者のバランスを考慮しながら一人ひとりの特性に合った処方箋を提供してゆく事をより意識して今後は取り組んでゆこうと思う。

指導者としての自分は「なんとかしたい」という想いが強すぎて、どうしても受診者の方へ過剰に歩み寄ってしまう傾向がある。
もう少し冷静になって、委ねられる部分は委ねてゆく事も指導には重要な事だ。

その時その時の自分の考えの傾向や気分に大きく影響されているようでは、定期診断を行う意味がない。
うちが出すの処方箋メールの最大のメリットは、客観的に見た己の声や身体の具体的な状況を、定期的に確認してゆける点にあるのだから。

自分の事を信じて受診者の方々は来てくれているのだ。
ならば、自分ももっと受診者の方々を信じてゆこうと思う。
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by syohousen | 2008-04-27 19:12 | レポート(その他)

4/27(日)『半歩先へ進むためのワークショップ』

4/27(日)9:00~12:00 『半歩先へ進むためのワークショップ』 @下馬南地区会館

【本日のメニュー】
■今日の身体状況を言葉にしてみる×3
■身体をパーツずつで揺すったり動かしたりしながらロックを外してゆく(手首→肘→肩→胸→腰周り→足首)

■王様マッサージ①(背骨周りの筋肉と骨盤メイン)
■王様マッサージ②(右の腕と脚を重点的に)
■王様マッサージ③(②を左でも同様に)
■自分でマッサージ(下半身中心)

■空間をなぞる①(丁寧に→広く→柔らかく→筆で描くように)
■空間をなぞる②(①に声を連動させながら)
■空間を引き寄せ、放り投げる(呼吸や声と連動させながら)
■2人1組で呼吸(声)のキャッチボール
■声のボーリング(対象と目的と衝動に注意しながら)

■拍手回し(全員で声なし→声有り)
■エネルギー回し(全員で時計回り→リバース→離れた相手にも有り→増幅させてゆく)


本日は昨日の反省を生かして、

◆緊張に気付いたらとにかく息を深く吐く
◆相手と呼吸を合わせる
◆感じた事は垂れ流す

という3点のみを心掛けてWSに挑みました。
「余計な事を考えない」というかなりアバウトで無理のある発想で物事に取り組むより、ただ純粋に自分の「行為」(しかも具体的な)に対して没頭してゆく方が、結果がどう転んだとしても必ず次に繋がるだろうなと判断し、このようなテーマを設けた訳です。

結果としては、これがこの上なくヒット。
今日の後半にはこれまでにないくらい心身ともに充実した状態で空間に身を置けました。
すごく心が静かで穏やかなのに常に動いているような感覚。適度に自意識を手放せて、いい意味で適当な思考回路になっていたので、今まさに起こっている事象(自らの衝動も含めて)に対して真正面から向き合えて、受信と発信の循環が素直に行える状態でいられました。
宏平さんに「次の行動が読めない」と言われたのがとても印象的。

今日はこれまでの中でも特に大きな収穫のあった3時間でした。
自分の可能性が少しだけ広がったような気がします。
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by syohousen | 2008-04-27 19:07 | レポート(外部受講)

4/26(土)『半歩先へ進むためのワークショップ』

4/26(土)9:00~12:00 『半歩先へ進むためのワークショップ』 @太子堂区民センター

【本日のメニュー】
■身体との対話
■今日の身体状況を言葉にしてみる×3
■身体をパーツずつで揺すったり動かしたりしながらロックを外してゆく(手首→肘→肩→胸→腰周り→足首)

■王様マッサージ①(背骨周りの筋肉と骨盤メイン)
■王様マッサージ②(右の腕と脚を重点的に)
■王様マッサージ③(②を左でも同様に)
■フィードバック

■空間をなぞる①(丁寧に→広く→柔らかく→筆で描くように)
■空間をなぞる②(①に声を連動させながら)
■空間を引き寄せ、放り投げる(呼吸や声と連動させながら)
■2人1組で呼吸(声)のキャッチボール

■空間をなぞる③(先に行った点を踏まえ、今の身体をよく観察しながら)
■声をより楽に出し易くするためのマッサージ(頬骨周り、顎、耳の後ろ、首の後ろ、首の付け根、鎖骨周り、肩周り、脇周り、腕、あばら、背中)

■拍手回し(3人1組で声なし→リバース有り→受けをより意識して)
■エネルギー回し①(3人1組で適切な分量で)
■エネルギー回し②(9人全員で時計回り→リバース有り→離れた相手にも有り→増幅させてゆく)


本日、宏平さんに「横山君は言葉だけでまとめようとしがちだね」と言われハッとしました。

たしかに近頃の自分は、言語化させる事を前提としてWSのメニューに取り組んでいる傾向がありました。それはたぶん、自分の指導者としての顔が悪い形で出てしまったのだと思います。
が、一つひとつのメニューに取り組む際には役者だろうが指導者だろうが関係ないはずです。今行われている事に全力を注ぐからこそ、その一つひとつのメニューの意味を身体で理解する事ができる訳で、やっている最中にそこを考える事は、WSに参加する人間として最低の思考回路だと言っても過言ではないでしょう。
自分は、その意味についてまでは考えてはいなかったものの、感じた事を無意識のうちに言葉でまとめながらメニューに取り組んでしまっていたために、どんどんと先が予測され始めてしまったのです。

せっかく宏平さんが事あるごとにフィードバックの時間を設けてくれているのだから、そこまではおさらいなどせずに「今」へと集中し続ける事の方が絶対に重要なのではないかなと思います。
予測などをしてしまったら一気に新鮮さは失われてしまいます。

というより、このWSで行う事は言葉だけでは説明できないものだらけのはずで、そもそも「まとめる」という行為自体にあまり重要性はないのだと思います。
むしろ、その時その時で感じたままのものをただ「垂れ流して」ゆきながら、それをWSを終えた後にでも回収してゆく事の方が大切ではないのかなと。
ここで今書いている事だって、本来はそのためのレポートである訳で、今の状況では本末転倒です。

もう一度、自体にとって何が重要なのか、何を目的としているのかを見つめ直してみます。
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by syohousen | 2008-04-27 00:24 | レポート(外部受講)

4/20(日)『半歩先へ進むためのワークショップ』

4/20(日)9:00~12:00 『半歩先へ進むためのワークショップ』 @下馬南地区会館

【本日のメニュー】
■身体のロック外し
■壁に馴染む
■歩きながら空間に馴染む(周りとの調和も意識しながら、椅子なども使って)
■合図と共に直感で組分け

■ローテーションゲーム①(2人で向き合って握手をし、「3」の時に手を握る)
■ローテーションゲーム②(セコンドがついて、プレイヤーの身体の状態に助言を加えながら行う)
■王様マッサージ
■ローテーションゲーム③(各プレイヤーの後ろにセコンドが立ち、そこに声を飛ばす意識で「はい」というフレーズをリズミカルに行う)

■ゆすり版王様マッサージ
■マッサージのフィードバックを「同調」を交えて

■2人で向き合い、歩み寄った後に物を渡す
フラットな状態
→渡す物を刀に見立てて
→緊張関係+ナイフで刺す
→緊張関係+声掛け+ナイフで刺す
→緊張関係+声掛け+ナイフを渡す


本日は、身体の状態としてはあまりよろしい状態ではなかったです。
肩周りの緊張がどうしてもとれず、感覚としてはかなり閉じた状態であったと思います。
しかしその現状は決してなかった事にはできない訳で、まずはその現状を受け入れる事を意識しながら今日のWSは挑みました。
また、昨日のWSでの発見から、今日は「仕掛ける」事への欲求を少しだけ抑えて、目の前で起こっているのみに集中しようという事も意識してみました。

今日はローテーションゲーム中心のメニュー構成だったのだけれども、やはり注意力の散漫さがとても目立つような傾向が見られました。
外部からの刺激に対して過剰に反応してしまい、本来集中しなければならないポイントとそれ以外からの情報とが混在してしまい、入ってくる刺激にいちいち一つひとつとらわれてしまうような現象に陥ってしまった訳です。
まあ、それも回を重ねてゆくうちになんとか立て直していったのですが、今考えてみればもう少し早くそれができたのではないかなと感じ、その原因も少々危機感の足りない取り組み方をしていたところに起因するのだろうと思います。

この事については、猛省してしっかりと次へ繋げてゆくつもりです。

また、本日の反省として、おそらく本調子ではない身体の状態に少々フラストレーションが貯まっていたのでしょうか、、、徐々に調子がよくなってきた事を自覚しだしてからはなんだか楽しくなってしまい、後半行った「同調しながらフィードバック」の際に「相手の仕掛けに乗っかりたがる」という自分の傾向が悪い方に出てしまって、相手との「同調」という最も重要なはずの目的がすっぽりと抜け落ちておりました。
そのため、フィードバック中にもよい瞬間が何度かあったにも関わらず、そこに寄りかかってしまったためにただ(自分達だけが)楽しいだけの惰性に任せたよく分からない時間になってしまいました。

そういった本当に僅かの気の緩みが芝居においては致命的な命取りとなるのだから、楽をするような瞬間だけは決して作ってはならないなと痛感しました。

本日の収穫は、苦いものばかりでしたがとても大事な事ばかり。
今後も肝に命じてゆきます。
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by syohousen | 2008-04-21 00:53 | レポート(外部受講)

4/19(土)『半歩先へ進むためのワークショップ』

4/19(土)9:00~12:00 『半歩先へ進むためのワークショップ』 @野沢地区会館

【本日のメニュー】
■身体のロック外し(伸ばす、さする、ゆする)
■空間をなぞる
■王様マッサージ・ゆすりvar.①(相手の気持ちよいポイント周辺を中心に→より積極的に→不快に→再び気持ちよく)
■王様マッサージ・ゆすりvar.②(ゆるく、言葉を垂れ流した状態で、お互いに呼吸を同調させる)

■エチュード①(軽い設定のみ、同調を意識して)
■エチュード②(設定は同じまま、感じたままに)
■エチュード③(3人で→外の2人が言葉掛け)

■身体をゆるめ、その後起こしてゆく動作(空間をなぞる、物を振る、そよぐ、投げる、投げる⇔捕る)
■エアキャッチボール①
■エア卓球
■エアキャッチボール②(重いもの同士→片方が軽く、片方が重い)
■手繋ぎ相撲(全員で)
■全員でローテーションゲーム(カウントのみ→3の時に拍手→失敗しそうになったら止める)


今日は朝起きた時点で身体が(特に首から肩の辺り)ガチガチの状態であったので、とにかく準備を徹底しようと思い早めに現場入りしました。
そのお陰で、開始直後の身体をほぐす段階には随分と楽になっており、今日の朝の状態から考えてみればあの時点での最善の状態でWSに挑めた気がします。

宏平さんのWSは毎回新鮮な発見があるので本当に楽しいです。
今日も、自分の思いもしなかったような一面を発見することができましたわ。
その中でも特に大きかった発見を3つほど挙げると、

◆2つの見方ができる発想の場合はポジティブな方を選ぶ傾向がある
◆1回目は流れに任せるが、回を重ねると仕掛けを打ちたがる傾向がある
◆場合にもよるけれど、ワガママになった時の方が相手との繋がりを強く感じる

です。
まだまだ他にもあったのだけれども、この3つは自分の事でありながらも自分にとっては非常に新鮮な発見でした。この頂きものは持ち帰った後にも家のどこかにただ飾っておくような事はせず、しっかりと手入れだけは日々欠かさず行ってゆこうかと思います。

さて、本日はもうひとつ収穫がありました。
それは、「同調」と「反復」の有効性について。
これまでも無意識下のレベルでは行なってきたのではありますが、今日のエチュードを用いてその有効性を実際に体感してみて、「ここまで効果があるのか!」と驚きすら覚えました。

考えてみれば、結構自分も反復癖がありまして、相手の言った言葉を繰り返し自分も声に発していたような記憶があります。
その時は大抵楽しいからというだけの理由でやっていたのですが、よくよく思い返してみると、その楽しい事の要因というのは、他者との空気感の共有にあったのだなという事に気付きました。
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by syohousen | 2008-04-20 00:17 | レポート(外部受講)

【第5回】定期診断レポ

4/14(月)13:00~21:00 【第5回】声と身体の定期診断 @岩戸地域センター

やはり個別診断とはいえ、診ている人間が同一である以上、その日毎に多少共通のテーマのようなものが生じてしまうのだという事を感じました。
果たしてそれが受診者側にとって好結果を生む要素に繋がるのか、、、今後もこの診断を続けてゆくつもりなのであれば、決して目を逸らしてはならない事なのだろうと思います。

本日は、全体的に「声を発する動機付け」という部分が重要な要素となっていました。

「声を発する」という行為は、実は非常に大きなエネルギーを要する行為なはずなのに、これがお芝居の台詞などの与えられた言葉になると何故か簡単に声を乗せて発することができる人があまりにも多いような気がします。
一度考えてほしいのですが、その与えられた言葉というものも元々は他人の言葉であり、決して自分の身体から生み出されたものではない訳で、それはつまり、自分の身体と他者の言葉の間にはまず越えなければならない溝のようなものが存在しているはずなのです。
その溝をなかった事にしてあっさりと言葉を発してしまうから、観ている側に嘘っぽい印象や違和感を与えてしまうのだと思います。

以前のWSのレポートでも書いたとは思いますが、「愛してるぜ」とかいう言葉を日常的に言える人というのはそうそういないのではないかと思います。
それなのに、なぜ台詞になるとさらっと言えてしまうのか、、、自分は、そんな風に安易に嘘のつけてしまう役者さんを見るととても寂しく切ない気分になってしまいます。
何故なら、溝にはまっている事に本人だけが気付いていない、そんな状況に見えるからです。

では如何にしてその溝を飛び越えるのか、そのアプローチの方法は様々にあるかとは思いますが、やはり一番初めにに行なうべきは「言葉との距離感」を的確に掴む事だと思います。
距離感を掴んでいるからこそ、その距離を乗り越えるためにはどのくらいの準備を要するのかを測る事ができるのですから。
そしてその準備というものの最も重要な要素のひとつが、冒頭に挙げた「動機付けの具体化」という事になるのではないかと自分は考えています。

声を発するために声を出す人というのは、なかなかいないと思います。
大体の場合、声を発する時には発する必然性(例えば目的)のようなものがあるはずです。
そこが具体的だからこそ身体も声を発するための準備ができ、それによって嘘のない身体から嘘のない声が出てくるのです。

もし他者の言葉と自分の身体との間の溝の幅が大きいのなら、それ相応の準備が必要になってくる訳で、その距離に見合った強い身体、強い動機付けを用意しなければなりません。
そこを曖昧にしたまま言葉を発してしまうから、浅くて芯のない声になってしまうのです。

発声というものは、それそのものを目的にしてしまうと一気に嘘になってしまいます。
「何故自分は声を発するのか」という動機付けが伴って初めて意味のあるものになるのだという事を、決して忘れないで頂きたく思います。
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by syohousen | 2008-04-15 09:21 | レポート(主催)

4/13(日)『半歩先へ進むためのワークショップ』

4/13(日)9:00~12:00 『半歩先へ進むためのワークショップ』 @中里地区会館

【本日のメニュー】
■ガイダンス
■その日の自分の身体を見よう→違和感があるところを動かしていこう
■その日自分が立つ空間(会場)を見よう→好き嫌いなどの印象を持ってみよう
■2人1組での「1~3」のカウントローテーション①

■王様マッサージ→2人1組で交代しながら
■身体の要求に応えてあげながら、ロックを外してゆく
■息をたっぷり吐くエクササイズ

■カウントローテーション②→組み合わせ代えて
■カウントローテーション③→お互いにやりやすいポイントを探る
■フィードバック中の会話を忠実に再現→一組が再現し、もう一組が外から見ながら手助け


今日、朝起きた時に身体がガチガチに固かったような気がしたため、少々早めに会場へ行って準備を行うようにしたのですが、どうやらそれが功を奏したのか、ほどよい集中でWSへと挑めたように感じました。
…が、それでもまだ開ききっていない感覚がだいぶ残っていたようで、前半の感覚を開くためのメニューを終えた時にはさらに集中力が増した状態になっておりました。

こと身体の準備で言うならばこれでいいって事はないのだろうから、ここで得たものはどんどんと取り入れて、常に自らの創作現場へ充実した状態で挑んでゆけるくらいの準備をしてゆきたいです。

本日後半は、2人1組になって1から3の数字を交互に数える事を繰り返すだけの『ローテーション』というメニューを用い、芝居へと繋がる様々なアプローチを試しました。

例えば、

・身体のロックを取り除く前と後で行いその感覚の変化を味わってみる
・組み合わせ毎でお互いやりやすい距離感・位置関係を探りながら感覚の違いを味わってみる
・やりやすい距離や位置関係にした際に外からどう見えるのかを皆でシェアリングし合ってみる

などです。

また、そこから発展させたメニューとして、組み合わせ毎に行ったフィードバックの様子を忠実に再現してみるというものも行いました。もちろんそれは一つひとつの仕草や言葉、間など全てを再現するという事です。

ここでも大変に興味深い結果が生じました。
元々の会話は結構停滞しながら交されていたはずなのに、再現しようとした際にはスムーズに会話が進行してしまっていて、観ている側にも聞きやすい会話となってしまったのです。
このメニューの目的は「復元」であって「より聞きやすい会話」を目指す訳ではないのに、無意識のうちに気持ちのよいリズムを作り出していたのだなと、改めて再現という行為の難しさを再確認させられました。
その上、元々のやりとりは30秒で区切っていたはずなのに、最終的な発表の段階では1分を越えていました。観ている側の印象としては同じくらいの時間に感じたにも関わらず、です。

これは実際の芝居創りでも起こりうる現場ですし、今後もう少し突き詰めて考えてみようかと。


や、今日も本当に収穫の多い3時間になりました。
これらの持ち帰って来たものを、しっかり反芻させながら今後の活動へと生かせるものに昇華させてゆければと思います。
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by syohousen | 2008-04-13 23:58 | レポート(外部受講)

4/12(土)『半歩先へ進むためのワークショップ』

4/12(土)9:00~12:00 『半歩先へ進むためのワークショップ』 @上馬地区会館

【本日のメニュー】
■ガイダンス
■その日の自分の身体を見よう→違和感があるところを動かしていこう
■その日自分が立つ空間(会場)を見よう→好き嫌いなどの印象を持ってみよう
■空間にあるものの数を数えてみる(神経を覚ましていく)
■空間物数え2→フィードバック(いまどんな気分か、作業しているとき何を感じたか気付いていく)

■王様マッサージ(触れたり触れられたりすることで、俳優としての身体を目覚めさせていく)
3人1組でローテーションしながら
■身体で空間をなぞる動きをしながら、自分の「気」が届く範囲を広げていく
■息をたっぷり吐くエクササイズ

■身体で遊ぶ(空間に引っ張られる動き)自分で→他人に動かされ
■「出会い」のエチュード
■「再会」のエチュード(同窓会に集まってきた雰囲気)

※以上のメニュー名は、宏平さんのブログより参照させて頂きました。


本日より、自分にとってすごく楽しみにしていた宏平さんの定期WSが始まりました。
今後このWSの様子は、毎回当ブログにてレポートを更新してゆきますので、どうぞよろしくお願い致します。


今日はまず、自らの身体を観察しつつ少しずつロックされた部分を解いてゆく事から始まりました。
この場に来るまでの間に望む望まざる関係なく身に纏わりついていた様々なものが、一つひとつ丁寧に取り除かれてゆくのが分かり、ほどよい集中力を備えた身体の状態へと感覚が開かれていったので、とてもすっきりとした充実感のある身体になれたように感じます。

そして次の段階として、初めに己の身体へ向けていた意識の働きかけを、少しずつ外(空間)へ向けてゆくようなメニューへと移行させていったので、WS開始から僅か1時間ほどで「自己」と「空間」との距離感をフラットに感じられるくらいに身体が楽な状態になりました。
もちろんそれは視覚だけではなく、音や温度、皮膚感覚といった部分においてもそうで、目に映ったものを映った分だけ、耳に入ったものも入った分だけ取り込んでおいて、それにとらわれる事も捨てる事もせず、ただ意識の傍らに置いておく事のできるような状態になっておりました。

ここまで持っていって初めて「準備」だと言えるのかもしれません。
宏平さんも仰っていた通り、開いたものを閉じる事は案外すんなりいくけれども、閉じたものを開くのはとても骨の折れる作業ですから。

後半に入ると、他者との関係性へと少しだけ踏み込んでゆくメニューとなりました。

ここで感じたのは、自分は「攻めの受け」というものが得意なのではないかという事です。
王様マッサージの際もそうだったのですが、自分の傾向として、初めから全面的にただ相手へと身を委ねるというより、積極的に意思表示をした上で委ねる事を無意識のうちにしているなと感じたのです。要は、「俺の希望はこのラインまで!」という事を初っ端で明確に相手に伝えてから受けに入るという事です。
まあ、これは「気遣いの表れ」とも取れるし、もしくは「防御反応」とも取れるのですが、そこの部分についての良し悪しというものはこの際あまり重要でなくて、「自分にはこういう思考の傾向があるんだな」という視点から見てこの発見は非常に大きな収穫だったと思います。

今日全体を通して感じたのですが、まだ「いい」「悪い」の発想にとらわれている自分がちらほらと見え隠れしているようです。
たまになのですが、何かをする際に結果を予測したり、自分の行動全てを制御下に置こうとしてしまったりしているのは、その自分が顔を出すからなのだろうと思います。
や、気付けてよかったですわ。

今日1日だけでも自分の中のストックがだいぶ増えたように感じます。
ほんと、明日も楽しみです。
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by syohousen | 2008-04-13 00:38 | レポート(外部受講)

半径約50センチ

近頃、独りよがりというか、己の周辺半径約50センチ以内の世界でしか行動できない人を非常に多く見かけます。

例えば電車など。
基本的に移動時は耳にはイヤホン、目は携帯もしくはゲームに向けられ、人にぶつかろうがお構いなし、歩く時の目線は常に自分の足元、、、酷い人になると、たとえ人が前方1メートルの距離に現れても全く反応せず、ぶつかってから気付くような人もおります。並んでいる前に平気で割り込み、周りに人がいようと平気で距離感のない声で話し、人が倒れても知らんぷり。

なんだかなぁ、、、って感じなのですが、その傾向はそういった公共な場のみにとどまらず、日常にも蔓延しております。

特に会話においてその傾向は顕著で、会話の際、他者の話を聞いているふりをしながら次に喋る事ばかり考えていて、自論に繋げられるようなポイントのみを探りながら全てを自分の話したい方向へ持っていく人が多い気がします。

しかしだからといって自分の意見を持っているのかといえばそうでもなくて、基本的に受け身に回って自らの安全圏から出ようとせず、積極的に自らの考えを晒した人間に対してはその安全なところから揚げ足をとり、自分が都合が悪くなればあらかじめ用意していた言い訳に逃げる。

これってどうなんだろうと思います。
まあ、百歩譲ってこういった行為を「議論を制するテクニック」と見る事もできますが(かなり無理がある事を承知の上で)、議論って、相手を打ち負かす事が目的なのでしょうか?
各々の論を闘わせて、そこから浮き上がってくる問題点や疑問を一つひとつ解消し、状況を改善する、そのために議論は行われるのではないのかなと思うのです。


話が少々横道に逸れてしまいましたが、こういった事は議論だけに限らず、他の点にも言える事で、自らの世界から飛び出して他者と積極的に関わってゆくからこそ状況は前進できるものなのではないかと思います。

現代社会のこの停滞感は、案外こういった小さな事から始まっているのかもしれません。

「外界との関わり方」というのは、指導者としての自分にとって最大のテーマのひとつであるので、今後も心してかかってゆこうと思います。
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by syohousen | 2008-04-06 11:33 | つれづれと