カテゴリ:声・身体について( 14 )

身体感覚についてを文面だけで語ることについて

なんだか、ネット上などでは身体感覚に関することを
「こうすればいい」みたいな形で平気で言葉にして
書いてしまっている人を結構見かけるのだけれども、
正直言って、そういうのを見る度にとても怖いなぁ、と思ってしまう、、、

ただでさえ面と向かって話していても伝わりにくいのが
身体感覚についての話なのに、文面だけで伝えられると
安易に思えてしまうことが非常に怖いなと思ってしまうのだ。


自分の場合、WSの際にはさらっと話してしまうけれども、
実際には物凄く神経使っていて、相手がピンときているのかどうかや
その自分が発した言葉によって相手がどのように変化したのかとか、
そういったことをかなりの集中力を要して観察しながら話すようにしている。

でないと、ひとつ間違えて変な伝わり方をしてしまい、
その人のその後の人生を大きく変えてしまうようなことだって
場合によっては起こりかねないと思っているからである。


少なくとも自分は、それくらい自らの行動への責任と
己の扱っているものへの畏怖を持って説明をするよう常に心がけている。

だから、安易な気持ちで、自らの身体感覚だけを基準に知ったかぶって
文字媒体の怖さも忘れて中途半端に語られることは非常に腹が立つのだ。


極力、相手の見えない中でのアドバイスは避けた方がいいと思う。

それでももし説明をしなければならない状況に遭遇したのならば、
相手が不特定多数なのか、限定されているのか、
また、どのような環境に身を置いているのか、
そしてどのような問題を抱えていて、どのような解決を望んでいるのか、
これまでにはどのような解決のための試みをしたのか、
せめてこの程度までは明確化させようとまずは試みてみてから
それに応じた説明を心がけるべきだと思う。

結局、身体に関するこというのはオーダーメイドであるからだ。


しかし、上に挙げた全てを明確にすることは
なかなかに難しいことでもあるし、
そんな考えを反映させてはもらえない中で
説明せねばならない状況もあるかもしれない。

ならばその場合は、その明確にできる範囲の段階に応じて
説明の仕方を変えてゆくしかないのではないかなと思う。


一番よくないのは、自分の感覚だけしか想定していないくせに、
それを人間全般に通じる普遍的なもののように語ってしまうこと。

もし自らの感覚のことを語るのだったら、
ちゃんと「これは自らの感覚だ」ということを表明してから語らねばならない。

特にネットのような不特定多数の目に触れる媒体では、
そこについてよくよく注意しておかないと、
場合によってはそれによって泣かされてしまう人も
出てきてしまうのだということを決して忘れてはいけない。
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by syohousen | 2012-06-22 11:58 | 声・身体について

不完全でもいいから、

やっぱ実際に取り組みながら考えないとアカンわなって思った。

頭ん中だけでああだこうだ考えていても、
身体が停滞しているから思考そのものも停滞してしまう。

不完全でもいいから、先ず動いてみることが大事、てかぁ。

うーん、分かってたはずなんだけど、すぐに忘れてしまうもんなんだねぇ。
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by syohousen | 2011-10-27 13:45 | 声・身体について

もっと、怪我予防の発想を、

正直言って、「痛みに耐えて」的なものをアピールされても
こちらとしてはそんなの知りません、としか言えないんですよ。

未然に防げる怪我は防ぐのが当たり前のことで、
勝手に無茶して勝手に怪我されて、
それに耐えてる自分に酔われても周りがいい迷惑なだけです。


でもなんか、そういう人って演劇やってる人に多い気がするんだよなぁ、、、

「実は痛みを抱えていた」とかそんなの美談でも何でもなくて、
「怪我しないこと」の方が遥かに素敵なことだと思います。


たしかに自らの身体に気を配っていても怪我をする時はするし、
怪我を怖がって十分なパフォーマンスを発揮できないのも問題だし、
だから、怪我をしてしまうことが一概に悪いとは言えないです。

しかし、その怪我の仕方が
自らの身体に無頓着であるが故の怪我であるのならば、
それはもう、救いようがないです。

稽古ではいきなり全力で動いて声出して、
稽古後も身体のケアとか一切しないで飲みに行って大騒ぎ、、、

それで身体壊したとか怪我したとか喉潰したとかさぁ、、、
ナメてんのかって感じですよほんと。


何度も言いますけど、怪我をしない、
或いは怪我を未然に防げる人の方が素敵なんです。

それはイチロー選手を見てみれば分かるはず。

まあ、きっと細かい怪我とかはしてるんだろうけれども、
大きな怪我はほとんどせずに日々当たり前のようにプレイし続けている。

あの自己管理の素晴らしさこそが
イチロー選手の最も偉大なところなんです。

でなければ10年連続200安打もできなかった訳ですから。


怪我してからじゃ遅いんです。

もっと怪我予防の観点からも
自らの身体について考えるようになって欲しい。

特に若い人達は、身体の動くうちに
そういった怪我の予防に関する習慣をつけておかないと、
年を取ってから苦労することになると思いますよ。
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by syohousen | 2011-02-04 22:52 | 声・身体について

改めて、「俳優が発声を学ぶ」ということについての私見を、

誤解して欲しくないのは、
俳優が発声を学ぶのは「いい声の獲得」のためではないです。


俳優が発声を学ぶことのメリットは

「役として必要とされる声を、日々変化し続けている身体の状態に
 左右されることなく安定して出せるようにするための回路を構築できる」

という点と、

「声帯に過度な負担のかかる声が役との兼ね合いで必要となった際に
 その質感を保ったままで負担を軽減させるための道を探ることができる」

という点にあります。


そしてその実現のために、

「まずは自らの身体を知り、そして声の仕組みを知る」

ということを日々の発声訓練を通して行うのです。


また、発声を学ぶことは、「いい声」などという
あまりにも抽象的で実体のない幻想のようなものを払拭し、
自らの身体に沿った声がどんな声であるのかを
実感するために非常に有効な手段でもあります。


なんというか、「発声」という言葉がそれらの点において
かなりの誤解を受けているなと日々の活動の中で感じているため、
改めて書かせて頂きました。
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by syohousen | 2011-01-31 15:19 | 声・身体について

気候の変化に伴って、

ようやく、気候が落ち着いてきたかなという感じになってきた。

それに伴って、この夏の間に蓄積されてきていた
身体へのダメージが表に出てきたような気がする。

それだけに、少しでも気を抜けば体調を崩してしまう可能性は高いため、
日々のメンテナンスはより入念に行ってゆかねばなと思う。
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by syohousen | 2010-09-14 15:41 | 声・身体について

壊してからじゃ遅いんだが、、、

よく、普段は発声のことなど全くと言っていいほど関心のなかった人が
日頃の無理が祟ってか、完全に声帯を壊した状態になってから
「本番近いのですがどうしたらいいですか」と聞いてくることがある。

だが、はっきり言ってそれは医者の領分なので、
「病院へ行って下さい」としか言えないのが正直なところだ。

何故なら、ボイストレーナーはあくまでもトレーナーであって
医者ではないため(まあ、結節を発声法の改善によって治すなど、
たしかに代替医療的な側面もあるにはあるのだが)、
声の故障の予防には役立てるのだが、
やはり治療に関しては専門の医者の方が優れている。

まあ、それもそもそもの役割が違うのだから当然といえば当然の話だ。


ただ、それでも負担を最小限に食い止められるような方法を薦めたりして
でき得る限りの対処はするが、所詮付け焼刃でしかないのが実際のところだ。

そもそも声にまつわる故障は、大抵の場合習慣が元になっているので、
一日や二日ではなかなか治るようなものではないし、
その対処法だって芝居が絡んでくればそうそううまくいくとも限らない。

声を気にして作品に影響を与えてしまうことだけは避けねばならない訳だし、
となるとそれら全てをクリアにしてゆくのは相当に骨の折れる作業である。

や、こちらもやれと言われれば最高の結果を出せるよう努力はするけれども、
最終的には当人がそれをやれるかどうかの問題になってくるので、
結局のところ、苦労することになるのは声を壊した当の本人である。


だいたい、100m走の選手が、足を骨折してから
「大会近いのでどうにかして下さい」とトレーナーに相談するだろうか?

そんな相談をしようものなら
まず間違いなく「医者に行け」という返事が返ってくるだろう。

ましてそれが普段から足についてのケアも何もしていない選手であったら、
「知るか、お前の責任だろ」と突っ返されても文句は言えないはずである。


声も商売道具のひとつである以上、
俳優だってそれと大して変わらないはずなのに
何故冒頭に書いたような考えの人が後を断たないのだろうか、、、

たぶん、そこの部分からの意識の持ち方を変えてゆかねば、
日本の演劇界における「声」にまつわる状況は変わってゆかないのかもしれない。

道のりは長そうだが、身近なところから少しずつでも、
声に対しての意識を変えてゆけるよう尽力してゆきたい。
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by syohousen | 2010-08-28 23:03 | 声・身体について

ほんの小さな傷なのに、

一昨日の話なのだが、右足の小指を怪我してしまって、
それ以来、無茶苦茶歩きにくい日々を送っている。

足を踏み出す度に痛むのであまり強くは踏ん張れないし、
無意識のうちに痛まないよう傷を庇って歩いているらしく、
そのためいつの間にやら腰周りまで痛くなってきてしまった。


深かったとはいえ、ほんの小さな傷がついただけで
ここまで日常生活に影響を与えるとは、、、

やはり人間の身体というのは
絶妙なバランスの元で成り立っているのだなぁ、、、
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by syohousen | 2010-08-27 20:49 | 声・身体について

些細なことを変えてみるだけでも、

なんとなく、自分を取り巻く周囲の環境が
重苦しく感じるようになってきたような気がする。

まあ、もしかしたら
単なる思い過ごしなだけなのかもしれないけれども、
たとえそうであっても、やれることはいくらでもある。


とりあえず、人と接する際には
声をすっきり出せるようにすることを心掛けてみよう。

また、その音も、マイナーコードではなく
メジャーコードの響きを持たせられるよう意識してみよう。


たぶん、そんな些細なことを変えてみるだけでも、
不穏な空気に変化が生まれてくるかもしれない。

そして、その変化の中から、
今の状況を打破するためのきっかけを見い出せるかもしれない。

まあ、もし変わらなかったら、
その時はその時で
また違ったアプローチを考えてみればいいかなと。
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by syohousen | 2010-03-22 19:08 | 声・身体について

取り戻すのは大変だ

先月の公演後に体調崩して以来、
どうも自分のイメージ通りに動いてくれなかった身体が、
ここにきてようやく動くようになってきた気がする。

積み重ねるのは大変だけど失うのは早いもんだなぁ、、、

特に感覚に関することはあっという間に
自分の手元から離れていってしまう気がする。


にしても、まさかこんなにかかるとは思わなかった。

や、今後も体調管理は気をつけねば。
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by syohousen | 2010-03-17 17:15 | 声・身体について

こんな調整の仕方もありなのか、と

これは先の公演の時に何気なく行ってみて気付いたことなんだが、
自分の身体が不調だなと感じた時に
敢えて他の人の身体をマッサージしてみることは、
自らの調子を整えるためには非常に有効な手段らしい。

や、もしかするとそれは自分の場合だけに
当てはまることだったのかもしれないのだが、、、


しかし、それに気付いた時にも
それまで頭が痛くて意識もボーっとしていたにも関わらず、
試しになんとなく共演者の一人ににマッサージを施してみたら
身体がかなり暖まったせいで汗もかくことができ、
それによってそれまでの身体の重さが嘘のように楽になったのだ。

こういう身体調整の方法もありなんだなと、とても驚かされた。


人の身体っていうのは、
本当に不思議だなとつくづく思う。
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by syohousen | 2010-02-26 10:58 | 声・身体について