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8/22(水) 何応『ホロニズム』 稽古見学レポ

8/22(水)10:00~12:45 何応『ホロニズム』 稽古 @studio+1

来週初日を迎える予定の『方丈の海』にて横山と共演する高橋彩ちゃんが10月の公演にて演出を務める演劇集団「何応(なにおう)」の稽古へ見学へ行ってきました。
まあ、見学といっても完全に参加しちゃってましたが(笑)

どうやら今回の公演は、色々なWSエクササイズに手を加えたものへ役者の人達に挑んでもらい、その過程で役者一人ひとりの本質が垣間見えるような瞬間を捕まえ、組み合わせ、それらを一本の作品として成立するように構成してゆく、といった形態になるようです。
また、そこへお客さんもちょっとした形で楽しく関わってゆけるような仕掛けも用意してるとのこと。


なんというか、この形態、どちらかといえば構成劇というよりかは在京のインプロ(即興)劇団である「東京オレンジ」のやり方に近いんじゃないかなと、そんな気がしました。
まあ、東京オレンジの説明はここでは省かせて頂きますが(詳しく知りたい方はリンク先へ)、「シアタースポーツ」とも表現されるインプロの手法に限りなく近いやり方なので、インプロのことをよく調べてみるのはとてもプラスになるかもしれません。
とはいえインプロはまだ「演じる」という行為にかなり比重が置かれているけれども、今回の作品における役者のスタンスの取り方は「役者自身である」というところにかなり重きを置いているように感じられ、一概に同じだとは言えないのではありますが、、、しかし得るものは多いかとは思います。


また、参考までに

インプロ・ゲーム
TRAINER LABO

ふたつ目のサイトは、インプロの紹介だけにとどまってませんがお薦めなのであげておきます。


さて、そんなこんなで参加してみての感想を。

稽古をしていて、彩ちゃんはとても「演出」という役割といい距離感を持って向き合っているな、と感じました。
まず自らのやりたいこと、見たいものありきで、そこを出発点に稽古の進行を組み立てているので、俳優の立場としてはとても信の置けるスタンスの取り方だなと、そう思います。
が、その反面、見たいもの聞きたい言葉が明確過ぎるがための危うさも少々感じてしまいましたが、、、

まあ、ここら辺のバランスはとても難しいことだし、どんなに長く続けていてもどこかで引っ掛ってしまうような繊細な話でもあるので、今の段階ではそういうところに気を揉んでしまうことよりもとにかく自らの目指すところへと邁進してゆくことを重視してほしいなとは思ってます。

なお、このことについての具体的な話と今すぐに手を打てそうなことについてはこの場ではなく、直接会った際に話すつもりです。


や、でも、本当にいい感覚を持っている素敵な演出だなと、それは心から感じました。
あとはその理想を実現させるための腕力を身に付けることだなと、そう思います。

そのために自分が協力できることは可能な限りしてゆくつもりですので、じゃんじゃん利用していって下さりませ。
こちらもただ利用されるだけで終わったりは決してしないので、こっちだって今日もかなり盗ませてもらってますからね。一切遠慮は要りません。

そんなこんなで、お互いにいい刺激を与え合えてゆけたらなと、そう思ってます。

今回は、ありがとうございました!
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by syohousen | 2012-08-23 13:18 | レポート(その他)

3/24(土) 自主稽古レポ

3/24(土)13:00~16:00 横山自主稽古 @瀧澤寺

【進行】
■今の身体状況を言葉にして垂れ流す×3
■この一週間で印象に残ったことをひとつ話す
→同じ話題で、今度は嘘で話す
→フィードバック

■手足を揺する
→続けながら歩き出す
→さする、伸ばすなどのアプローチも加えてみる
■まず指をランダムに動かし始め、徐々にその動かす範囲を広げてゆき、最終的には全身までそれを広げる
→フィードバック

■椅子を使って足裏へと刺激を与える
→片足終了時に一度フィードバック
→反対の足も同様に
→フィードバック
■首周りから肩周辺を重点的にほぐしてみる
■表情筋のトレーニング
■丹田の感覚を探る

■好きな場所、嫌いな場所のシェアリング
→空間の見え方などの変化についてフィードバック
■空間ガイド

■妄想エピソード(物)

■テキストへのアプローチについて色々探ってみる


【ふりかえり】
今回の自主稽古は、前半で自ら進んで全身を満遍なく動かしてゆくことで疲労を取り除いてゆくというアプローチでのケアを中心に行い、後半は創作の現場で役立ちそうなエクササイズを中心にして行ってみた。


前半に行った身体のケアは「積極的休養」の発想でのもので、前回に行ったようなマッサージ的なアプローチとはまた別方面からの身体への仕掛けである。

普段の日常生活を送っているとどうしても使う筋肉等が偏ってきてしまう。
そのために身体のバランスのようなものもどうしても崩れてしまう。
なのでそれを敢えて身体を積極的に満遍なく動かしてみることでそれまで凝り固まっていた部位などをほぐし、ある部分はガチガチにも関わらず他のある部分は全く使われていないために緩々、、というようなちぐはぐな状態になってしまっている自らの身体のバランスを整え、労わってあげようと、そういう訳である。

また、そういったケアだけでなく、全身を積極的に動かしてみることで普段あまり思いを馳せることのないような身体の部位にも意識を巡らせることが可能になるので、自らの身体の新たな可能性に気付くことができるかもしれないのも、今回行ったエクササイズ達の利点ではある。

おそらく、「なんだかよく分からないけどだるい」みたいな時には今回のようなアプローチを試みてみると効果的かもしれないので、お薦めしたいなと思う。


後半は、創作の現場で役立つようなエクササイズ、ということで、空間への仕掛け、もの(小道具など)への仕掛け、そして、台詞との距離感の持ち方、といったことを実践的に体験できるものをチョイスしてみた。

どれもそれほど難しいものではなく、ゲーム感覚で行えるものばかりである。

特に、「(役、空間、物、などのことを)他者との対話の中でイメージを伝えてゆく」という行為は、芝居の諸要素を立体的に考えてゆく上では非常に重要で、有効な手段である。
それに他者が介在するために独りよがりの偏った発想にも陥りにくく、ただただ台本と睨めっこして悶々とするよりも遥かに効率的且つ楽しく行えるものだと思う。

こちらも是非、実際の創作現場にて有効利用してもらえたらなと思っている。


「自主稽古」といいつつも今回、完全に横山主導のWSになってしまっていたような気がするのだが(苦笑)、まあ、自分も参加しつつ指示を出しつつで行っているため、多少は普段のWSとは違いがあるはずだと思う。
まだこのやり方に慣れていない、というよりも、どういう形式で行うことがよりよい成果を上げられるのかどうか、まだ探り探りの状態で行っているのが正直なところで、今後もそこのところはよく考えて取り組んでゆきたいなと、そう思っている。
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by syohousen | 2012-03-28 22:39 | レポート(その他)

3/7(水) 横山自主稽古レポ

3/7(水)10:00~13:00 横山自主稽古 @Studio+1

【進行】
■雑談(参加者の「こういうものを獲得したい」について、など)
■アナウンス
■今の身体状況を言葉にして垂れ流す×3

■手足を揺する
→続けながら歩き出す
→さする、伸ばすなどのアプローチも加えてみる
→空間にあるものに触れてみる
→壁に身体の表面の全てを触れさせようと試みてみる
→触れる対象を壁から床へと徐々に移行させてゆく
→その動きの中から自らの身体の現状を探ってゆき、そのまま身体の求めるままに伸ばしたり揺すったりして無理なくほぐしてゆく
→最終的に立った状態になり、少しの時間、これまでの自らの動きの余韻や今の身体の状態を味わってみる
→歩き出してみる
→徐々に歩くペースを緩めて最終的に立った状態に収め、フィードバック(状態はキープしつつ)
■そのままの流れで、手を筆に見立て、何もない空にその筆で何でもいいので描いてみる
→徐々に描く範囲を小さくしてゆき最終的には動きそのものを収めてゆく
→動きが収まったら楽な姿勢で立ち、今まさに身体に起こっていることをじっくりと味わってみる
→歩き出し、自分の足裏に何色でもいいからペンキが付いているとイメージし、自らの足跡に色が付くことをイメージし歩く
→部屋全体に泡が満たされているイメージを持ち、動く度に自らの身体の型が残ってゆくイメージを持って歩いてみる
→少しずつ歩くペースを緩め、最終的には再び立った状態に収める

■マッサージ(寝にょろ、骨盤ゆすり、など)

■発声診断

■自己実況(フラットな状態で、意識のフォーカスを内⇔外で交互に)
→フィードバック

■総括

【ふりかえり】
仙台に来てから初の自主稽古。

こちらでも参加希望があれば自由参加の形式で行おうと思っているのだけれども、今回は一応試験的にということでまだ周囲には募集など呼びかけずに行ってみた。
ただ、今回会場取りに協力下さった、『方丈の海』にて共演予定のSさんには、自主稽古の内容の方で試したいこともあったため協力して頂いた。

というのも、これまでの横山の自主稽古は自由参加、とうたっていたものの完全に横山個人でしか行ってこなかったため、もし参加希望者が出てきた場合にどのようなスタンスで行えばいいのかが明確に定まっていなかったのだ。
完全に参加者の都合を優先したWS形式にするのか、それとも横山個人でやりたい内容を行い参加希望者にはそれに付き合ってもらうか、どちらにしようか決めかねていた。

今回行ってみての結論としては、あまりそこのところを明確に定めないで、参加者の状況を見つつ、その時その時で判断してゆけばよいかなと、そう思った。
何故かといえば、例えば今回の仙台への滞在期間中などは、この自主稽古は『方丈の海』の創作へと繋げるために行うものであるのだから、その都度その都度よりよいと思う手段を採ってゆけばよいのだなと、今日のこの時間を通して気付いたからである。

その時に、自らのこれまで演劇に携わってきた中での積み重ねをシェアすることがよいのだと感じたのならば、WS形式にして進行してゆけばいいことだし、参加者の中で何か「これ!」というものを持っている方がいたならばそれをシェアできるような状況を作ってみればいい。
そして横山も状況によって参加者になったりファシリテーションに徹してみたり、状況に応じて役割を変えてゆけばいいのだと思う。

このような判断に繋げることができただけでも、今回の自主稽古を行った甲斐はあったなと思っている。



本当に、今回ご協力頂いたSさんには心から感謝です。ありがとうございました。

どうぞ今後ともよろしくお願いします。
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by syohousen | 2012-03-07 23:20 | レポート(その他)

2/19(日) 横山自主稽古レポ

2/19(日)10:00~12:00 横山自主稽古 @南古谷公民館・和室

【進行】
■手足を揺する
→続けながら歩き出す
→捻る、伸ばすなどのアプローチも加えてみる
→空間にあるものに触れてみる
→壁に身体の表面の全てを触れさせようと試みてみる

■膝を立てた状態で仰向けになり、左右に膝を倒しながら腰周りの緊張を緩めてゆく
→その動きの中から自らの身体の現状を探ってゆき、そのまま身体の求めるままに伸ばしたり揺すったりして無理なくほぐしてゆく
→最終的に立った状態になり、少しの時間、これまでの自らの動きの余韻や今の身体の状態を味わってみる
■右腕の腕先から徐々にその範囲を広げ最終的には肩甲骨から先の全てを揺すってみる
→左腕でも同様のことを行う
■まず指をランダムに動かし始め、徐々にその動かす範囲を広げてゆき、最終的には全身までそれを広げる
■手を筆に見立て、何もない空にその筆で何でもいいので描いてみる
→徐々に描く範囲を小さくしてゆき最終的には動きそのものを収めてゆく
→動きが収まったら楽な姿勢で立ち、今まさに身体に起こっていることをじっくりと味わってみる

■縄跳びのボクサー跳びをしながら「外郎売」を本気モードで
■腰を落とした状態でゆったり歩きながらいくつかの戯曲の台詞を澱みなく喋る

■テキスト読み(秋に行う予定の『雪の音』次回公演で使用したい戯曲候補いくつか)

【ふりかえり】
やはり、ここ最近の寒さにより蓄積されてきた身体へのダメージはなかなかのだったようだ。
こうして落ち着いて時間をとって自主稽古に取り組めたこと自体が久々だったため、今回はそれを強く実感させられた。

筋トレ的なことは日頃から結構やっているのだが、時間に余裕がなくなってくるとどうしても「鍛えることだけは何としても継続させよう」という意識ばっかりになってしまって「ケア」の方が疎かになってしまっていたようだ。
どちらも大事なことなのだから、なんとかうまい具合に両立させられる道筋を探してゆきたい。


今日の自主稽古の後半では、横山が今年の秋辺りに行おうと考えている公演を視野に入れつつ、実際に動きながらどのような形態にしようかをイメージしつつで取り組んでいった。
まだ何の戯曲を使うのかは分からないのだが、とりあえず使用してみたい戯曲を自分自身で実際に読んでみることで、何かしら見えてくるのではないかと考えたためだ。

そしてその成果はあった。

現在考えている会場候補のうち、ここではこういう戯曲を使うことでこういう印象をお客さんに与えられるかもしれないな、とか、その印象は果たしてその地域で継続的に公演を行うにあたっていい影響を与えるものなのだろうか、とか、自らの思考が少しだけだが立体的になり、循環し始めたのだ。
自分にとってはその上演空間や周辺の土地と戯曲が相互にいい影響を与え合うような環境がなければ、演劇公演を行うための必然性を感じることができないため、こういう思考でいることはとても大切なことだ。

自分の中では会場候補のうち一ヶ所はもうほぼ確定で、もう一ヶ所の方の会場を絞り込むためのイメージを探りたかったのだが、今日の読みによって漠然としていたものの輪郭が少し見えてきた。
まあ、かといって今回の稽古で使用した戯曲を上演に使うかはまだ分からないし、もしかしたら全く違った戯曲を使うことになるかもしれない。
しかし、自分の中では「こういう空間・ロケーションではこういう戯曲があうのかも」といったような会場とテキストとのイメージの結び付け方の感覚や楽しみ方を体験できたので、今後の展開によって違う戯曲を使用することになってもそれなりにすんなりと取り組めるんじゃないかなと思う。


なんだか演劇って楽しいんだなってことを改めて実感できた実に有意義な時間だった。
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by syohousen | 2012-02-19 20:46 | レポート(その他)

1/4(水) 横山自主稽古レポ

1/4(水)9:00~12:00 横山自主稽古 @川越市中央公民館・和室

【進行】
■部屋の中を軽くジョギング

■手足を揺する
→続けながら歩き出す
→捻る、伸ばすなどのアプローチも加えてみる
→空間にあるものに触れてみる
→壁に身体の表面の全てを触れさせようと試みてみる

■膝を立てた状態で仰向けになり、左右に膝を倒しながら腰周りの緊張を緩めてゆく
→その動きの中から自らの身体の現状を探ってゆき、そのまま身体の求めるままに伸ばしたり揺すったりして無理なくほぐしてゆく
→最終的に立った状態になり、少しの時間、これまでの自らの動きの余韻や今の身体の状態を味わってみる
→手を筆に見立て、何もない空にその筆で何でもいいので描いてみる
→徐々に描く範囲を小さくしてゆき最終的には動きそのものを収めてゆく
→動きが収まったら楽な姿勢で立ち、今まさに身体に起こっていることをじっくりと味わってみる
■右腕の腕先から徐々にその範囲を広げ最終的には肩甲骨から先の全てを揺すってみる
→左腕でも同様のことを行う
■まず指をランダムに動かし始め、徐々にその動かす範囲を広げてゆき、最終的には全身までそれを広げる

■鏡(姿見)の前に立ち、アイソレーション(頭、胸、骨盤)
■バレエのプリエ(1番、2番ポジションで)
■スズキメソッド(1番、2番、スタチュー)

■縄跳びのボクサー跳びをしながら「外郎売」をダイナミックに

■落語読み(『牛ほめ』、『弥次郎』)

■あらゆるものを劇的に読んでみる(バスケ雑誌『HOOP』、「キラリふじみ」のパンフ、など)

【ふりかえり】
自主稽古とはいえ、これが今年初めての具体的な演劇活動。
朝イチからかなり着合いを入れて臨んだだけあって、収穫の多い時間となれた。

今の自分の課題をクリアするためにはどうすればいいのか、それを探るためにこれまでに自分が行ってきたものを総動員しようと大嫌いであったバレエまで持ち出してみたのだが、その甲斐はあったようだ。

自分の身体の特徴として、上半身は柔軟性もそれなりにあり、そのせいか脱力もうまくできるのだが、その一方で下半身の方は驚くほどに硬く、動きもどこかぎこちない。
にも関わらず、この上半身と下半身の柔軟性のアンバランスさを無視して両方を同じ感覚で動かそうとしてしまっている。
これが、端から見ると変な動きになってしまう大きな原因のひとつなんじゃないか、ということに今日、気が付いた。
柔らかく、脱力もうまくいっている上半身なのにそれを更に脱力させようとして締まりのない動きになってしまったり、逆に緊張感を持たせるべきは上半身なのに下半身を過剰に力ませてしまったりと、自らの身体を大きな単位で括ってしまうことで留意すべきポイントを絞りきれず、ちぐはぐな力の使い方をしてしまっているからだ。

もっと細かく自らの身体を知ってゆく必要があると思う。
そして、各部位の特徴に見合った身体への意識の入れ方をしっかりと把握してゆく必要があると思う。


それに加え、今日の会場に姿見があったことも大きかった。

これまでの自分は、自らの感覚を大切にしたかったためあまり鏡を見ながらの稽古を行ったことがなかった。
また、鏡を見ても、己を他人を見る時と同じような意識のままに見ることが過去の自分(19~20歳くらい)には全くできなかったことも、「鏡を見て稽古を行う」という習慣から自らを離れさせてしまった原因だったのかもしれない。

しかし今日、ああして鏡を見ながら身体を色々と動かしてみたところ、かつての自分では信じられないくらいに自らの身体の使い方がどうであるのかが分かった。
その時自らの中で生まれている感覚をしっかりと感じつつも、鏡を経由して自分の目に映っている身体の状態を分析することができていたのだ。

おそらくこれは、これまでの指導者としての経験がいい方向へと作用してくれたのではないかと思う。
俳優としての身体と、指導者としての目を、ちゃんと分けて考えることができていたためだ。

なんだかとても有効な武器を手にした気がする。


さて、その姿見を使って気付いたことなのだが、自分には動きがきまる時ときまらない時で明確な違いがあって、それは「動きの後に流れてしまうか、収められているか」という点だ。
これは動きだけに限らず台詞でもそうで、どうも自分は何かを行った後にやりっぱなしになってしまうというか、収まりどころが定まらないままに萎んでいって自然消滅、的な質感に陥ってしまう傾向が非常に強い。
だから締まりがないし、動きの場合はそれが見た目的にもふにゃふにゃとした気持ちの悪い質感となって表れてしまうのだ。

まあ、それはそれでうまく生かせば個性になるのかもしれない。

が、今の自分は本意でないところで知らず知らずのうちにこういった質感を垂れ流している状態だ。
それはつまり、そういう気持ち悪い役しかできない身体だということだし、となると、役を自分に近付けてゆくことでしか役と向き合えない身体ということでもある。

しかし自分は、「役と向き合い、お互いに歩み寄り合いながら役を創り上げてゆく」ことを信条に置いている俳優である。
なのでそんな身体では困るのだ。
ならばうまくコントロールできるようになるしか手はないと思う。
第一、自分の場合はそうでない質感の役もやれている時もあるのだから、克服は決して無理なことではないはず。

今日の発見は、そういう意味で非常に大きな発見であったと思う。
何がどう悪いのかが具体的に見えてきたことで、そこを足がかりにして解決へ向けた道筋も見い出すことがきっとできるはずだから。



身体訓練についてはそれくらいにして、ここからはまた少し違った話を。

まずはこのところ取り組み始めている落語について。

実は未だにこの落語というものとの向き合い方というかコツが掴めずにいる。
特に上下を切るのが全くうまくいかない。呼吸が掴めない。

やはり読むのではなく全部頭に叩き込んでしまった上で挑戦した方がいいのだろうか。
しかしどうも原因はそこではないような気がするのだ。

これは名人と呼ばれる方達の高座を研究してみる必要があるかもしれない。
また、色々と落語について調べてみることで、何か発見があるかもしれない。
講談などとも照らし合わせてみるのもいいかもしれない。

とにかくプラスになれそうなことは見境なく掻き込んでみようかと思う。


そして、この1か月間で何かひとつ、テーマを設け、取り組んでみようかと先の自主稽古のレポートにて書いた訳だが、今回試しに行ってみて予想以上に面白そうだったので、これにしてみようかと思っている。

それは何かというと、「どんな文章でも劇的に、そして聞いている側も楽しみ、心揺さぶられる語り」だ。

商品裏の説明書でも六法全書でも古典でも新聞でも、とにかく世の中に存在するありとあらゆる文章を、ドラマチックな言葉へと仕立て上げてしまおうという訳だ。

今日読んでみた感じではまだ、笑いはとれても心は揺さぶられるものではないと思う。
しかもそのとれるという笑いも、最初のうちだけで慣れてしまえば全く面白くもなくなってしまうものだったと思う。

なのでこれ、実は結構難しいテーマを選んでしまったのかもしれない。
が、これに取り組んでみることでまた新たな景色が拓けてくるような予感もしているので、とにかく本気で挑んでみようかと。



予想以上に、得るものの多かった3時間だった。

ただ、肝心なのはここからだ。

訓練というものは地道な積み重ねでしかないし、必ずしもそれが即成果に結び付くとは限らないものでもある。
しかも「やっている」という事実に安心・安住してしまえば、進化はたちまち停滞し、場合によっては後退してしまうものでもある。

だからこそ、今のこの気持ちを忘れることなく、今日の発見をこれからへ、そして新たな発見があればそれを更にその先へ、という風に繰り返してゆくことを根気強く続けてゆこうと思う。
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by syohousen | 2012-01-04 22:16 | レポート(その他)

12/25(日) 横山自主稽古レポ

12/16(金)10:00~12:00 横山自主稽古 @高階南公民館・会議室3号

【進行】

■縄跳びのボクサー跳びをしながら「外郎売」をフルで(ゆったりと、単語を立てて語る)

■本読み:野田秀樹『20世紀最後の戯曲集』(『キル』『TABOO』『赤鬼』『ローリングストーン』)

■再びボクサー跳びをしながらの「外郎売」(今度は言葉が躓かぬよう心掛けつつスピーディに)

【ふりかえり】
先の公演で掴んだいい感触を忘れないうちにもう一度確認したかったのと、来年5月に仙台にて行われる予定の公演へ向けての今の自分の課題のクリアのために今後何をしてゆけばよいのか見極めるため行った自主稽古。

しかし難しいなと感じたことは、稽古に臨む際の緊張感のようなものが、本番を控えている時に比べてどうしても緩いため、一つひとつの要素に対する突き詰め方が甘くなってしまう傾向がある。
特に一人で行っている際には気持ちを強く持っていないと、自分の好む方向やり易い方向にばかり進みがちになってしまう。

そこで、強く具体的な目的意識を持った上で臨む必要があるなと、今日の稽古を通じ強く実感した。

例えば、今の自分の課題に見合ったテキストなり表現なりをひとつ選び、いついつまでに見せ物にできるだけのクオリティに仕上げる、とか、或いは身体訓練に照準を絞って自主稽古の度に必ず行うべきサーキットトレのようなものを設け、それをクリアしてから日替わりのテーマを元にした稽古を行う、とか、進行にひと工夫加えてみるとだいぶ変わってくるのではないかなと思う。

と、書いてみたが、よくよく考えてみたらこの2つは両立可能なもの同士だということに気付いた。
ちょっとここは欲張って両方取り組んでみようかな。
今は自主稽古の時間を2時間にしているけれども、施設を借りられる時間は午前であれば3時間なので、開始時間を1時間早め、週に2回程度の開催にすれば、両立も無理な話ではないかもしれない。

とりあえず、年末年始にかけてはもう借りられる施設がないため、この期間を利用してサーキットトレのメニュー作成と、何かひとつ今後の自分の表現のレパートリーにできるようなもの(落語や一人芝居でもいいし、それ以外の何か見せ物とできるようなものでもいいから)を探してみようかと思う。

なお、それらは1月末~2月頭に照準を絞って、そこまでにひとつ明確な形での成果を上げられるように取り組んでゆくようにしたい。
なのでそこら辺についても、年末年始ではっきりさせようと思う。


“語る”ことの体力についてはだいぶついてきた。
そして、芝居勘のようなものもだいぶ取り戻してきた実感もある。

しかしまだまだ過去の財産でだけで(しかもそんなに大した貯蓄もなかったのに)やっている状態であることは否定できないのが現状。

新しい景色を見ることができるよう、とことん自分を追い込みつつ、心身共に十分に鍛え上げた状態で来年2月から始まるOCT/PASSの公演稽古に臨みたい。
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by syohousen | 2011-12-25 19:54 | レポート(その他)

12/16(金) 横山自主稽古レポ

12/16(金)10:00~12:00 横山自主稽古 @高階南公民館・会議室3号

【進行】

■縄跳びのボクサー跳びをしながら「外郎売」をフルで(声量を抑え気味でゆったりと語る)

■『少女Aの帰還』の台詞をウイスパーで読む
→同テキストの台詞をテキストを外した状態で最速で言ってみる
→同テキストの全人物の台詞を全て一人で読んでみる

【ふりかえり】
今日の自主稽古では、昨日の稽古で感じた自らの個人的な課題に取り組みつつ、今日の本稽古へ向け細かな部分の調整に時間をかけて取り組んでみた。
昨日までの「稽古場での遅れを取り戻す」ための自主稽古から「ベストの状態で本稽古に臨むための準備を行うための自主稽古へと目的がシフトしたためだ。

個人でできることは稽古場以外の場でもできるが、個人でできないことは稽古場でしか行えない。
従って自分個人に致命的な問題がある時とそうでない時とでは取り組み方が違って当然で、そこの認識を見誤ると独りよがりの凝り固まった状態へと自らを追い込んでしまう危険がある。

今回、3日間も続けて自主稽古を行ったのはあくまでもよりよい状態で創作に臨める体制を整えるためである。
なので自主稽古を行うことが目的になってしまっては本末転倒である。
現場を無視して自分個人で全てを解決しようといったってそれは無理だし、それでは集団創作の意味がないのだということは、絶対に忘れてはならないと思う。

そういう意味で、この3日間は毎日その稽古方針をちゃんと変えてそれぞれ取り組んでゆけたので、とてもいい時間を過ごせたのではないかなと思っている。

本番初日まであと3日。
やれることはやり尽くした上で初日を迎えられるよう、体当たりで創作へと臨んでゆきたい。
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by syohousen | 2011-12-16 14:18 | レポート(その他)

12/15(木) 横山自主稽古レポ

12/15(木)10:00~12:00 横山自主稽古 @高階南公民館・会議室3号

【進行】

■縄跳びのボクサー跳びをしながら「外郎売」をフルで(ゆったりと語る)

■『少女Aの帰還』を昨日の稽古で生まれた稽古を踏まえて読む
→同テキストを物真似で読む(藤岡弘、氏、大滝秀治氏、田中邦衛氏、森本レオ氏、渡辺洋一氏)
→同テキストを一音一音明確に区切り、スタッカートで読む
→同テキストをフラットに読む

【ふりかえり】
昨日に引き続いての自主稽古。
今日は、「台詞で遊ぶ」ということに徹して取り組んでみた。

まず、アップのための跳びながらの「外郎売」では可能な限りスローなペースで、しかし呼吸は乱さずに語ることを強く意識して取り組み、朝のまだ寝ているであろう身体を起こしつつ高めるようにしてみた。
やってみて実感したが思っていたよりも相当苦しく途中何度か呼吸が上がってしまい言葉が噛み噛みの状態に陥ってしまった瞬間があったのだが、それでも諦めずにゆったりとした質感だけはキープしながら最後まで続け切った。
ここ最近ずっと続けているこのエクササイズではあるが、呼吸や身体へ対し非常に効果的でしかも汎用性も高い便利なアプローチであるなと実感しているため、今後も様々なバリエーションを設けつつ続けてゆけたらなと思っている。


さて、身体も温まってからはとにかく台詞を用い物真似で遊ぶことに没頭してみた。
今回の物真似のチョイスだが、最初の藤岡弘、氏以外は発声時の呼吸に特徴のある方達を選んでみた(ちなみに藤岡弘、氏は、自分が大好きな方であり、自らのバリエーションの中で最も得意な方なので選んだ)。

特に森本レオ氏と渡辺洋一氏は、自分の呼吸の癖を自覚するためにはとても助けになる特徴を持った方達であったなと実感している。
呼気が言葉に混じりがちの森本レオさんの真似をして喋れば、発語する際の呼吸の支えをしっかり意識しないと聞こえてくる言葉がぐしゃぐしゃになってしまう。
渡辺洋一さんの場合、あの独特のリズムが適当であってはならず、言葉の意味合いをしっかりと踏まえた上で明確に区切って喋らないと、実は面白くならなかったりする。

そんなこんなで、上記のような特徴の呼吸で以て発語する習慣は今の自分にはほとんどなかったため、この2人の物真似をしてみることによって自らの呼吸の引き出しを増やすきっかけにすることができたのではないかと思っている。
現に、その後にフラットな状態に戻して読んでみた際、自分の呼吸がかなり自由になっていたように感じることができ、これは非常に大きな収穫であった。


それに加えて、最後に台詞を単音ずつに分解し、腹での呼吸の支えを意識しながらやや過剰気味にスタッカートで読んでみることをした。
これは自分の癖である「語尾の息が抜ける」という状態を矯正するためのエクササイズで、以前からよく取り組んでいたものだ。
やはり勝手知ったるエクササイズであるためか、こちらもかなり効果はてきめんだった。
フラットに戻して読んでみた際の言葉の一音一音への呼吸の入り方がまるで変わった実感があった。


今回の自主稽古は、たぶんこれまでの自主稽古の中で一番発見の多い充実した時間になったと思う。
それもひとえに明確な問題意識が自分の中にあったためなのだろうなと感じた。
そういう意味では、公演稽古の期間中だからこそ、こういう自主稽古がとても重要になってくるのかもしれない。

しかし昨日も書いたことだが、いくら自主稽古で充実した時間を過ごせたとしても、それが創作の方へ繋がってゆかねば何の意味もない。
だからこそ、今日のこの発見に安堵するのではなく、この発見を本稽古の場で更なる前進のために活用させてゆけるよう強く意識して創作の場へと臨んでゆきたいなと思う。
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by syohousen | 2011-12-15 14:40 | レポート(その他)

12/14(水) 横山自主稽古レポ

12/14(水)10:00~12:00 横山自主稽古 @南古谷公民館・音楽室

【進行】

■室内を軽くランニング
■縄跳びのボクサー跳びをしながら「外郎売」をフルで

■『少女Aの帰還』台詞入れ
→同テキストの台詞で遊ぶ

【ふりかえり】
現在携わっている現場の稽古で、どうしても解消したい問題があったため、昨晩急遽会場を押さえて自主稽古を行った。
まあ、自宅でもやれないことはなかったのだが、どうせやるならちゃんと気持ちを切り替えた上で、声もしっかりと出せる環境で行いたかったための判断であった。

結果、やった甲斐はあったなと感じることのできる有意義な時間であったと思う。
自分の中にあるチャンネルの狂いを、ある程度修正することができたんじゃないかなという実感がある。

まあ、そうは言ってもあくまで今朝行ったのは個人での作業であって、あの場で掴んだ感覚をそのまま今の現場に持ち込んで適用させようとしても微妙にズレが生じてしまうと思うし、現場での調整は必要になってくると思う。
が、今回の創作での自分自身の中の引っ掛かりがだいぶ整理されてきたようには感じていて、とりあえず昨日一昨日の稽古で感じていた停滞は打破できるんじゃないかなと思っている。
というか、打破するために行ったのだからそれができねばてんでお話にならないだろう。

それだけに、先の経験をしっかりと踏まえた上で今日の稽古へ臨みたい。


やはり、稽古期間中にこうして場所を借りて自主的に稽古を行い、そこで持ち帰った課題を料理してみる機会というのは非常に大切なことであるなと思う。

特に自分の場合は俳優でもありトレーナーでもある訳で、自らの現状をよく見極めた上で今直面している課題を解消するためのエクササイズのようなものを自らに仕掛けることができるのだから、それを利用しない手はない。
専属トレーナーが自分、というのは、俳優としての自分にとっては心強くもあるし、指導者としての自分にとっても学びの多い貴重な経験になると思う。
なので今後も今回のような機会は増やしてゆこうかなと考えている。

さしあたって明日も一応、会場を押さえておこうかなと。
今日の稽古がうまくいってもいかなくても、それをふりかえる必要があると思うので。
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by syohousen | 2011-12-14 14:53 | レポート(その他)

12/1(木) 横山自主稽古レポ

12/1(木)10:00~12:00 横山自主稽古 @川越市中央公民館・和室

【進行】

■手足を揺すりながら空間を歩いてみる
→さする、伸ばすなど動きのバリエーションを増やし、少しずつ大きくさせてゆく

■まず指をランダムに動かし始め、徐々にその動かす範囲を広げてゆき、最終的には全身までそれを広げる

■自らの身体の現状を探ってゆき、そのまま身体の求めるままに伸ばしたり揺すったりして無理なくほぐしてゆく
→その動きの中から最終的に立った状態になり、少しの時間、これまでの自らの動きの余韻や今の身体の状態を味わってみる
→手を筆に見立て、色々な質感で自らの周囲の空間に何でもいいので描いてみる

■右腕の腕先から徐々にその範囲を広げ最終的には肩甲骨から先の全てを揺すってみる

■腰を落とし、ゆっくりとした動きで歩みつつ、「外郎売」を最後まで語る
■スズキメソッド(スタチュー)
■縄跳びのボクサー跳びをしながら『外郎売』を最後まで語る(声を揺らさぬよう心がけて)

■落語のテキストを声に出して読んでみる(『粗忽長屋』『千早ふる』)


【ふりかえり】
前回の自主稽古に続いて、今回も落語や外郎売を用いての語りの訓練に集中した稽古を行った。

但し今回は、前回よりもその一つひとつのものを密度濃く、丁寧に行うことを心掛けたこともあって前回に比べ消耗具合がかなり違った。
また、無難なところで行っていないためにミスも結構増えたのだが、そういう自らの容量ぎりぎりのところでやるからこそ成長が望める訳で、このミスはとても大事なもので必要なことだと思う。

落語なのだけれども、前回の自主稽古の際にはどれか一本に絞ってそれを身体に叩き込むことを当面の目標にしようと考えていたのだが、絞り込むのはもう少し先にして、今は色んな噺に触れてみることを重視した方がいいような気がしてきた。

それはなぜかと言えば、噺によって要求される要素というか技術が全然違うのだなということに気付いたからだ。
例えば一例としてなのだが、今回読んでみた『粗忽長屋』と『千早ふる』を比べてみても、『粗忽長屋』の方では複数の人物が登場しその場所も結構移動しているのだけれども、『千早ふる』の方は基本的には対面での一対一の会話を軸に進行していて登場人物の話す内容も説明中心なので「語りの中で語りを行わ」ねばならない。
考えてみれば、前回読んだ『鼠穴』も人物は兄弟を中心にして複数登場し、場所は目まぐるしく移動するしおまけに時間も前後していて、気を付けるべき要素が沢山だった。

まあ、そんなこんなで、一度色んな噺に触れてみた上で挑む噺を決めてもいいのかなと考えるに至った訳だ。

それにしても、読む度に様々な発見をもたらしてくれるこの落語という存在は、日本人として心より誇ることのできるとても素晴らしい文化なのだなと、ここ2回の自主稽古にて実感した。
他の噺との出会いも、今からとても楽しみで仕方ない。
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by syohousen | 2011-12-04 12:12 | レポート(その他)