声と身体の処方箋

『声と身体の処方箋』は舞台作品におけるクオリティ向上のため、
俳優にとって最も重要な要素である『声』『身体』を見つめ直し、
またその俳優一人ひとりの性質・質感を踏まえた上でその現状を診断し、
各人毎に適した処方箋を個別に処方してゆけるような
トレーナー的役割を確立させたいという意思の元、発足した取り組みです。

『声と身体の処方箋』概要
最新記事はこちら(2016/7/27更新)
最新のお知らせなどはこちら
関連団体等のお知らせなどはこちら
------------------------------------
【活動情報】

◆◇◆俳優って?を考え続けてゆくための寺子屋◆◇◆

■次回開催日 → 2016年8月5日(金)18:00~21:00
※遅刻・早退、単発での参加可。
■会場 → 大和コミュニティセンター(仙台市若林区大和町2-9-15)
■料金 → 一般:1コマ/1,500円
       高校生:1コマ/500円

◆対象 → 俳優としての継続的な訓練を望む方
◆定員 → なし

●申込み方法●
【題名】 寺子屋の申し込み
① お名前(ふりがな)
② 職業、もしくは普段行なっている活動
③ 連絡先
④ 参加希望の日

を明記したメールを、
syohousen.y@gmail.com宛にご連絡ください。


☆★個人レッスン希望者、勉強会メンバーも随時募集中。詳細はリンク先へ★☆
★☆また、劇団や高校・大学演劇部への出前WSも行なっております☆★
------------------------------------
【過去の活動レポート】
寺子屋
勉強会
その他の主催企画など

活動履歴
主宰者プロフィール
参加の際の約束ごと

問い合わせ → syohousen.y@gmail.com


★横山の表現者としての活動についてはこちら → 雪の音
☆Twitterはこちら
★facebookはこちら
[PR]
# by syohousen | 2017-12-31 23:59 | 声と身体の処方箋とは

定期診断・寺子屋

【活動情報】
◆◇◆声と身体の定期診断◆◇◆

■次回診断日 → 2016年8月26日(金)18:00~21:00
※遅刻・早退、単発での参加も可です
■会場 → せんだい演劇工房10-BOX box-6(仙台市若林区卸町2-12-9)
■診断費 → 一般 2,000円/高校生以下 1,000円(後日、処方箋メールを送付します)
◆対象 → 声で悩みを持っている方、自らの声の現状を診て欲しい方(職種不問)

≪今後の開催予定日≫
9/23(金)、10/28(金)、11/18(金)、12/23(金・祝)のいずれも18:00~21:00


俳優って?を考え続けてゆくための寺子屋

■次回開催日 → 2016年8月5日(金)18:00~21:00
※遅刻・早退、単発での参加可。
■会場 → 大和コミュニティセンター(仙台市若林区大和町2-9-15)
■料金 → 一般 1,500円/高校生以下 500円
◆対象 → 俳優としての継続的な訓練の場を望む方

≪今後の開催予定日≫
9/2(金)、10/14(金)、11/11(金)、12/9(金)のいずれも18:00~21:00


●申込み方法●
【題名】 定期診断or寺子屋の申し込み
① お名前(ふりがな)
② 希望日時
③ 職業、もしくは普段行なっている活動
④ 連絡先
⑤ 今、自分が獲得したいと思っている声※
⑥ 使用したいテキストの有無(ある場合は具体的に)※
※⑤、⑥は、定期診断の申し込みの場合に明記下さいませ

を明記したメールを、
syohousen.y@gmail.com宛にご連絡下さいませ。
[PR]
# by syohousen | 2016-12-31 00:00 | WS・勉強会・セミナー情報

本当に、遠い存在なのだろうか?

世の中の仕組みは、多くの人間にとって
日々の生活を送り易い形に
つくられるものであるのは自然なことであって、
それ自体は悪いことではないと思う。

しかし、だからといって多くの人間にとっての住みよい生活が、
絶対的な正義ではないことを忘れてはならないと思う。

そもそも、多数であるか少数であるかなんてものは
社会環境や社会の価値基準が変わればあっという間にひっくり返るし、
自分自身を取り巻く状況だって何かしらの事故などに巻き込まれれば
簡単に少数の人間の側に回ってしまうことだってある。

それくらい、自分達が世の中を生きる上で
当たり前だと思っていることは不確かなものでしかなくて、
だからこそ、あらゆる境遇の人について想いを馳せることは大事だし、
あらゆる人が生き易い社会のことを考えることが重要なことなのではないか。

そしてそれが、社会保障が必要な理由なのだと思う。



目の見える人が多いからこそ、
この社会はこういう色遣いで、こういう空間の使い方なのだし、
公共の場所では文字情報が主な案内手段になっている。

そして、耳が聞こえる人が多いからこそ、
街には音楽が溢れているし、逆に図書館では静かに過ごさねばならず、
学校ではチャイムが合図として使用されている。

他の事柄に関しても、
多くの人にとって過ごし易いように世の中はつくられている。

が、生まれてくる人間が100%
そういった多数の側の人間として生まれることはできないし
仮に多数側の人間になれたからといって、
人は年を取れば目も耳も、他の感覚も衰えてくるものだし、
事故にあって急に失うことだってあるかもしれない。

或いは、自分の子どもが
何かしらの機能不全を抱えて生まれてくるかもしれない。

それくらい、社会的なマイノリティと呼ばれる人というのは
特別な存在ではなく、身近な存在なのです。

「自分は多数の側の人間で、マイノリティの人間とは無関係なんだ」
という思い込みをまずは疑ってかかってみること、
それが、これからの世の中にはとても大切なことなのではないか、と思うし、
あらゆる境遇の人の苦労や頑張りに想いを馳せられる、
そんな発想が当たり前になる社会への第一歩なのではないかなぁ、と思います。
[PR]
# by syohousen | 2016-07-27 18:08 | ものの見方・捉え方について

まとめないままの方が、

まとめないままの方が、よい時もある。

まとめてしまうことで零れ落ちてしまうものだって、あるからだ。

何でもかんでもまとめようとばかりするのではなく、
時にはバラバラなままで向き合うことも、必要なことだと思う。
[PR]
# by syohousen | 2016-07-21 16:53 | ものの見方・捉え方について

「あるあるネタ」好きな発想の傾向について思うこと、

最近、若い俳優志望の方を対象にWSを行なうことが多くなっていて、そこで強く感じることがあります。

それは、「あるあるネタが好きだなぁ」ということ。

あるあるネタというものは、その行為の面白ポイントもわかり易く、周囲からの共感も得易い非常に便利なものです。
が、その反面、如何に周囲から共感を得られるかどうかばかりに気が行ってしまって、それが達成されるならば自らの実感やそこから生まれる衝動に蓋をしてしまっても平気になってしまう危うさを孕んでいる発想でもあります。
それはつまり、目の前の人と関わることをやめ「こうしたらいい反応がくるはず」という「ウケねらい」の発想に陥ってしまう危険性が高い、ということでもあり、それを俳優として芝居の中で使いこなすためにはそれなりの技術を要する行為であると言えます。


なので、若い俳優志望の方へ自分が強く強く伝えたいのは、目の前の状況や、目の前の人と対峙した際に生まれたものと真摯に向き合うことを大事にして欲しい、という点です。

お芝居というものはそこから始まります。
「いま、ここ」の中にこそ、劇的なものは存在するからです。
台詞回しの巧さや持ってくるネタの面白さなんていうのは、その「いま、ここ」で生まれたものをより際立たせるためのスパイスでしかありません(もちろん、それらも重要なのではありますが)。

「あるあるネタ」にばかり頼ってしまうと、その俳優において最も大事な土台部分を強化することができず、結果、芝居というよりも大喜利的な個人プレーしかできない独り善がりな俳優になってしまいます。

若くして俳優を志す方々、どうかそんな独り善がりな俳優ではなく、人と関わり高め合える俳優となって欲しいなと強く願っております。
[PR]
# by syohousen | 2016-07-20 22:07 | 俳優訓練について