2010年 07月 03日 ( 1 )

なぜ、発声を学ぶのか、

よく、「声のことなんか気にしていたら芝居にならない」という話をよく聞きます。
それはもっともな話だと思います。

自分も芝居をやっている時には声のことなんか一切気にしてませんし、
発声指導を行っている人間でありながら稽古で声もよく枯らしてしまいます。


が、しかし、そういう発声訓練というものに対し
否定的な意見を言う人に分かって欲しいのは、

「声について無知だからこそ、声のことが気になってしまう人は意外と多い」

ということです。


そもそも、何故自分が声のことを気にしないで芝居に臨めるかといえば、
それは自分の発声に自信があるからです。

自信があるから気にせず無茶ができるんです。

そして、もし稽古中に枯れたとしても、
本番までに声の状態を修正できるという確固たる自信があるから、
声帯に負担のかかるような声の出し方も
役の感覚を掴むための荒療治として遠慮なく試せるんです。

まあ、根性論じゃないけれども、
一度枯らしてみないと掴めない感覚っていうのも時にはあるので。


だから、その証拠に、自分は稽古中に声を枯らしたことはあっても、
声が枯れた状態で本番に臨んだことは一度たりともありません。

昔から絶叫系の役が多い役者であるにも関わらず、です。

それも、ちゃんと無茶できるペースの配分を自分で分かってるからこそです。


「知っている」ということは、そういう選択ができるんだってことでもあります。

が、知らなければ、こんな選択肢は決して選べないと思いますし、
自信も持てないので、結局声のことを気にしながらか、
もしくは「気にしない」という気にしかたで芝居に臨んでしまい、
十分なパフォーマンスを発揮できずに終わってしまう危険性があると思います。


まあ、知らなくてもすごい人、ってのもたしかに存在しますから、
上に書いたようなことも一概には言えないことなのでしょうが、、、

だから、自分がそのような天才だと思うならば、
そのままでいればいいと思いますし、違うと思うならば、
何かしらの行動に移ってみればいいのかなって思います。


発声のことを学ぶのも、そういう選択肢を増やすための手段として
とらえて欲しいなと、よく思うことがあります。

決して、「いい声」という物凄く曖昧なものを獲得するために
発声訓練があるのではないのだということを、分かって欲しいなと。
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by syohousen | 2010-07-03 14:49 | 俳優訓練について | Comments(0)