ミニバスのチームに感じたこと

昨日、地元で『蘢球祭』というミニバスの大会があったため、観に行ってきました。

そこで感じたのは、強いチームというのはきちんとした礼儀作法が身に付いているのだな、ということ。
挨拶ひとつとってみても、「強いな」と感じるチームほどそこのところがしっかりと習慣付いているので、見ていて非常に気持がよいのです。

もちろん、挨拶さえできていれば強いチームかと言ったら必ずしもそうではないし、「監督やコーチなどから怒られるから」という発想で命じられるままに嫌々挨拶を“やらされている”チームも時たま見られます。

思うに、そういった最低限の礼儀作法などを、たとえはじめのうちはやらされていたとしても、その習慣が身に付いてゆくにつれてそれらが自分のものとなってくるので、自然と普段からの心構えも変わってきます。
心構えが変わってくればプレイも変わる訳で、プレイが変わればこれまた自然と心持ちに余裕が生まれてくるはずです。
そのような良い循環に身を置けるようになってくる中から、強いチーム(相対的な強さというよりも人間的な強さ)というものは生まれてくるのではないのかなと、昨日いくつもの試合やチームを観ていて感じました。

「子供の自主性を重んじる」のと「躾を行わない」のとは、似ているようで全く違います。
子供が向かうべき方向を躾という形で指し示す事はやはり必要なことであるし、また、その躾というものの中から子供が何を学びとるかが重要なことなのだと思います。

なにも子供に厳しく当たるだけが躾を身に付けてもらうための方法ではありません。
むしろ、しっかりと目の前の子供と向き合いながら「なぜ、挨拶が必要なのか」、「なぜ、部屋の中では帽子を取らねばならないのか」などといったことを、受け売りではなく自分の言葉で一つひとつ丁寧に教え、時には一緒に考えてゆくことの方が躾では重要なことだと思います。

たとえ思うようにいかなくても、我慢強く子供とは向き合うことです。
子供は自然と同じで決して御することはできませんし、御するべきでもありません。
まずは子供を「受け入れる」ことから始めてゆくのが、実は躾を身に付けてもらうための近道なのではないかというのが、自分の考えです。

なお、「子供と自然」については長くなりそうなので、後日また改めて書かせて頂きます。
[PR]
by syohousen | 2008-12-21 08:06 | つれづれと
<< 【第20回】声と身体の定期診断 呼び方 >>