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5/25(水) 寺子屋レポ

5/25(水)18:00~21:30
『俳優って?を考え続けてゆくための寺子屋』
@清沓仲通会議室・洋室1

【進行】
■この一週間の自らの体調の変遷などをフィードバック
■現在の身体状況を言葉にして垂れ流す×3

■手足を揺する
→続けながら歩き出す
→捻る、伸ばすなどのアプローチも加えてみる
→空間にあるものに触れてみる

■膝を立てた状態で仰向けになり、左右に膝を倒しながら腰周りの緊張を緩めてゆく
→その動きの中から自らの身体の現状を探ってゆき、そのまま身体の求めるままに伸ばしたり揺すったりして無理なくほぐしてゆく
→最終的に立った状態になり、少しの時間、これまでの自らの動きの余韻や今の身体の状態を味わってみる
→フィードバック

■身体感覚を掴む&肉体強化訓練(丹田の感覚を掴む、意識のフォーカスの絞り方の精度アップ、強度のある声の獲得とそれをいつでも出せる状態の保持、静と動のメリハリ、などなど)

■ベルトを鞭のように扱ってみて脱力・緊張のコツを探ってみる
■身体の各部位をパーツパーツで分けて動かせるか試してみる
■様々な質感の笑い方を試してみる

【ふりかえり】
今回は、強度のある身体の獲得と、多様な身体感覚を体験してみることに重点を置いて場を進行させていった。

日常劇ばかりを行っていると、どうしても「身体」というものへの意識が希薄になってしまいがちだ。

まあ、そうなってしまうことも仕方のないことではあるし、人によってはそれでも“現時点では”全く創作において問題がなかったりもする。
その人の目指すものによっても「強度ある身体」というものの重要度には差が出てくるであろうし、なので一概にそういった傾向に対し「けしからん」というつもりは全くない。

ただ、そういう引き出しも備えておくことによって「強い身体性」を要求されないような芝居の創作現場であっても、その引き出しをうまく利用してこれまでには思いもしなかった発想に繋がることだってあるかもしれないのもまた事実だと思う。
そしてたとえそのような閃きが日頃の訓練によって100%保証される、ということでなくても、それが日頃の訓練の積み重ねをしなくてよい理由にはならないと思う。

常々言っていることなのだけれども、何のために訓練をするのかといえば「念のため」でしかないのだ。
「役立つから学ぶ」ではなく「学んだものをどう役立てるか」だとも思う。

俳優なんてのは特に、一見無駄だと思えるようなものを多く内包している人の方が役として舞台に立っている時の存在に厚みが生まれてくるはず。
だからこそ、日頃から自らの引き出しや選択肢を増やしておく努力は怠ってはならないと思う。

但し、むやみやたらに引き出しの数さえ増やせばいいのかといえば、必ずしもそうではないのが俳優の難しいところで、引き出しの中身をちゃんと整理整頓しておかなければ適切な時に適切な選択はできないのだということも忘れてはいけない。
また、その引き出しとの距離の取り方も大切で、その引き出しの中身の使いどころにばかり意識がいって目の前で起こっていることをちゃんと受け取ることができないようでも問題だ。

今後は、そういった点についても働き掛けてゆけるようなエクササイズを設けてみようかなと。
もちろん、肉体や感覚についての訓練も継続・強化させつつ継続させてゆくことが前提で、だが。
by syohousen | 2011-05-26 22:32 | レポート(主催)
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