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選択権は残して欲しい

なんだか、このところの報道というのは
被害者目線に偏り過ぎなんじゃないかとよく感じてしまうことがある。

何を行なってみても、そのことの悪い面ばかりあげつらって
足を引っ張ってばかりなので、結局観ている側の意識下に残るのは
政治や社会への不満の感情ばかりになってしまうように感じてしまうのだ。


全ての人間が万遍なく幸せになれるに越したことはないのだろうが、
この世の中ではなかなかそういった都合のよい話にお目にかかれることは
稀であり、やはりどうしてもどこかしらの部分に皺寄せが生じてしまうのは
ある程度は仕方のないことである。

だからこそマスコミに求めたいことは、
「この一件によって誰がどう幸せになり、誰がどう不幸になるのか」
というように、視聴者に色々な受け取り方の選択肢を残した上で報じること。

別にマスコミは完全中立であらねばならないなどとは
さすがに自分も思ってはいないが、どちらかの視点だけにに立った情報しか
流さないというのだけはあってはならないと思う。

そこは報道関係者の最低限の責務のはず。


しかし、どうも近頃の報道を見ていると、
「何故もう一方の意見については触れないのだろうか?」
と感じてしまうことが多い気がするのだ。

大抵の場合、一方についての情報が過多であり、
もう一方の情報が稀薄であることばかりな印象を受けてしまう。


これまでも何度か書いたが、
この世の中の物事というのは「善」と「悪」で綺麗に分けられるものではない。

一見理不尽なことを行なっているように見える人であっても、
その行動を行なうにはその人なりの
動機やら信念やらがあった上で行なっているはずである。

もしそこの部分だけでもしっかりと提示してくれたならば、
たとえ報道する側の人間がどちらかの立場を支持するような姿勢を見せたとしても
視聴者は自分の意思でその一件に対する意見を選択できる。

マスコミは、その選択権を決して奪ってはならないと思う。
by syohousen | 2009-09-22 08:05 | つれづれと
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